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2006年4月29日 (土)

聖地へ、

 あしたは、いよいよ岩手のかくれた聖地、いや、”蝦夷の聖地”に行ってきます。ずっと探していたところで、ある力をお持ちの方々に「行きなさい。」と言われていた場所、直結している場所です。楽しみです。

 行けば、おそらくある方が待っているはず・・・。

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牡丹日記

 ど~も~、昨日にひきつづき、あたくし牡丹柴犬女盛りがかかせていただきます。え?おまえかけんのか?って・・・しかもこれは紙じゃないって!?そんな事いってんのはゲンさんちのせがれたちね、せいぜいおたくのママさんみたいに飼い犬に手を噛まれないようきをつけなさいね。

 今朝からうちのがき・・いえ主のお子たちが「みちよちゃん、げんきかな~。」っていってたわ、みちよちゃんってのは、どんなおばさんかしらって聞いたら、なんでも、豪傑、恐い物知らず、かわいい顔でニコニコしながらおそろしいことするらしいわ、主の話だと数年前主のお店でバイトしてて、ある日たちの悪いお客を主が放り出したんですって、そしたらその後ろで水の入ったバケツを持ってニコニコして立っていて、「周平さん、はい、これ、」って渡されておもわずバケツの水をぶっかけたらしいわ、主はそんなことするつもりなかったらしいのに、のせられたんだって、のせられた主もアホだけどね~。で、その昔の話は、おそろしくてかけないわ・・・。

 で、彼女ったらなにを思ったか30になってから看護士をめざしたのよ、しかも中卒だから猛勉強して大検とってそれから予備校行って看護学校に入学、だあいすきなお酒も控えて・・それは嘘ねきっと、一念三千、女の一念岩をも通す、っていうけど大したものね、なんでもやろう!ってこころに決めたら不可能は無いのよ、”決意” と ”情熱” が大切なのよね、うちのママちゃんも看護士になったのは30になってからなのよ、その前は不動産会社に、その前は銀行員、宅建も持ってるらしいわ、二人とも共通してるのは、”酒”みたいよ、よく一緒に飲んでたらしいわ、早く来ないかな~ってみんな言ってたわ。

 そういえば”皮蛋”ピータンてなまえのシーズ―がいるんですって、はやく会ってみたいわね、あたしの弟子にしてあげるわ。もちろん飲めるように鍛えてあげる。

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2006年4月28日 (金)

牡丹日記

 ど~もこんにちわ、あたし牡丹、柴犬の女盛り、血統書付、好きな食べ物は、にっくっでーす。

 このあいだはごめんなさい、あたし”虚勢”してるなんて言っちゃって、女だから”避妊”よね、ゲン(柴犬、男)さんちのせがれに指摘されちゃったわ、で、けさも散歩してる時に次男坊に会って「日記は周平さんが書いてんでしょ、牡丹書けるわけないもん。」だと、あたしが”フォース”を使ってたこ、いえ主に書かせてんのよ。

 それにしても、桜、すてきね~、今日あたり満開ね、「今年の桜は今年しか観れない、だから散り際まで思う存分観る。」て、主が言ってるわ・・なんでも数年前、横浜の友達が海外赴任してて、久しぶりに帰国することになり「桜が観れる。」て喜んでたんだけど、帰国の時空港で倒れてそのまま帰らぬ人になったらしいわ、だから桜が咲くとその彼の事思いだすんだって、

 なき人の為にとつとむ追善は生ける我が身の教えなりける

 ですって、最近は特にそういうことかんがえてるわね~。    合掌

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2006年4月27日 (木)

ボスからの電話で、

   「周平、元気でやってるか?」

 その容姿とは裏腹に優しい声、横浜ケンタウロスのボス”大将”からだった。ケンタウロスとは、横浜にあるバイク集団、モーターサイクルクラブ、しかし暴走族とはもちろん違う、「バイクを通して様々な人生観を問う。」といった感じである。そこには大将に会う為に日本中、世界中から色々な、ほんと様々な人たちが集まってくる、まさに、生きた重要文化財といった感じである。

 で、なんでバイクに乗らない僕がというと、大将の奥さん、今は「国替え」なされたおたつさんが、僕の同郷であり、僕の叔母たちが子どものころ一緒に遊んだ仲だということで、なにかと目をかけてもらっていた。最初の出会いは今から18年前、僕は元町の喫茶店でバイトをしていて、そこにおたつさんがよく来ていた。あの時の会話は今でも脳裏に焼きついている。

 「あんた田舎どこ?ど~も見たことある顔なのよね~。」

 「岩手ですけど・・・。」

 「岩手?・・・あんた伊庄さんでしょ!」

 「な、なんで!?それを」

 「その顔は、伊庄家の顔よ!」

 その後大将と会う事になり、「どうだ、おたつはすごいだろう、周平、お前ももう悪い事はできないな~。」

 おたつさんは僕の横浜での保証人となり、つき会いがはじまり、この二人には僕の人生の岐路なにかとアドバイスを頂いた。

 十数年前おたつさんは「国替え」した。ガンだった。何度か背中や肩をマッサージしたことがあったが、パンパンだったことを覚えている。今思えばあれが病の兆候だったのかと思うが今となってはその時知る由もない。あの時僕も椎間板ヘルニアでひどいおもいをしていたが、いいマッサージ師がいるから行ってみな、と紹介してくれて、この仕事に興味を持つきっかけを創ってくれたのもおたつさんだった。今思うと本当に「あの時の一声が」ってすごいことだとつくづく感じる、人生の方向性をきめてくれたのだから。

 まだご恩返ししてないな、これからできるだろうか、しなくちゃいけないな。

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2006年4月25日 (火)

運命とは・・・

 数年前、とにかく朝から晩まで悩んでいた。自分はこれからどうすればよいのだろう、母の病をどうしたらよいのだろう・・。その時の生活は、仕事、家の事、母の看病と、毎日2時間睡眠の毎日だったが、辛いと想う事はなかった。しかしこの先どうしたらよいのか、どうなっていくのか、一抹の不安は常にこころにあった。そんな時小松先生に 「伊藤君、長野に行け、M神社に行ってこい、急いでいるんだろ、行けばわかるから。」と、言われるがままにその山で一晩をすごした。だれもいない11月の山、木枯らしの吹き荒れる音しか聞こえない、行けばわかるってなにが?なんだかんだと考えながら気がつくと宮司さんの足音でもう朝だと気がついた。祝詞をあげていただき、その日は長野在住のヒーラー生島先生がM神社まで迎えに来てくれた。インドで修行してた方で”爆弾”のような治療をする方だ。ぼくにとって、この二人の先生が”陰と陽”を表している感じがしていて、なぜ、そのの時期に知り合ったのか・・でもたしかに今の自分に多大な影響を与え続けている。

 あのときの様々な出来事、出会い、言葉のひとつひとつ、選択が、今の自分をつくりあげている、自分で選んだのだからどんな道を通って来ようと間違いは無い。なにがあろうと決意と情熱を持って望めば切り抜けられる。 「運命って、どのような想念を持って進むべきかという事、その想念をどのように現象界で、実現化、行動化するかによって決まる。」って事だと想う。

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2006年4月24日 (月)

春をみつけに

 とにかく休みの日は家にじっとしているのが嫌な家族なので、昨日の休みもお昼前には車に飛び乗り出かけた、さて、海へいこうか、山へいこうかという話になり(もちろんこの時点で行き先など決まってはいない。)多数決で山の方へ、館が森ファームへ行くことになった。行く途中にキリシタン殉教公園というのがあり、よせばいいのにちょっとよってみることになった。だ~れもいない、雰囲気も・・・、こぎれいな公園ではあるものの、要はかつての処刑場である、いいわけが無い、成仏してるわけがない、気分が悪い、ってことでさっさとそこをあとにした。 

 館が森につくとそこはもう山の春だった。鳥が鳴き、花々が笑っていた。なにもしなくともそこにいるだけで包まれている感じがする。 

” じゅうぶんな太陽と水があれば自然に花が咲く”

 そして、大輪の花を咲かせたければ、色々な肥やしがひつようなのね~。なんて想ってたらあちらの方で、育ち盛りのうちのお子たちがなにやらさわいでいる。

 アイスクリームという肥やしがひつようなんだとさ。

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2006年4月22日 (土)

雨ニモマケズ

 雨ニモマケズ 風ニモマケズ・・・

 誰もが小学校の時から読まされた宮沢賢治の詩である。ぼくは、賢次の童話は大好きで今でも時々子どもたちに読んであげたりしているが、この詩は長い間好きになれなかった。「サウイフモノニワタシハナリタイ」 という結びに、「ナレルワケナイジャン」 と思っていた。しかし、NHK教育テレビの朝8時からの ”にほんごであそぼ” という番組、そう、コニタンが出てる番組である。そのなかのコーナーで、地方の言葉で詩を読むというのがあり、「雨ニモマケズ」 を地元の人たちが色々な方言で読んだ。朝っぱらから感動しまくった。そうだよな~って思った。涙がちょちょぎでてきそうになる。こうやって読めばいいんだよ。学校の先生たちこうやってよませろよ、土地の言葉で。「ソンナヒトニナリタイナ」 ってちょっと思うよ。 

 それにしても、オソルベシ!”にほんごであそぼ” ほかにもツボに入るものがいっぱいだ。今では見ないと一日が始まらない大切な時間になってしまった。ぜひ、見てください。つまんないって人はメールください・・・いや、いりません。  

 で、さいきん朝7時50分からの”ぜんまい侍” にもはまってます。

 おそるべし、NHKきょーいくっ!

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2006年4月21日 (金)

そのまんまでいい part2

 今朝は早くからバタバタしていた。幼稚園の授業参観とそのあとPTA役員総会がある、相変わらず好き放題に騒ぐ子どもたち、カミさんも怒りのピークの様だ。

 「ママたちがおはなしあいしてるあいだ、妹のめんどう、ちゃんとみててね、おねがいね。         きょうしつにも、みにいくからね、しっかりね。」

 と、5歳の息子に、2歳の妹の世話をたのんでいた。

 「どーっしよっかな~っ、マイヤのガチャガチャやらしてくれたらいいけどな~、こないだキャベツ王子やったときもガチャガチャしなかったよね~。」

 要求を突きつけてきやがった。しかも、昨日「無条件の愛」について書いたばっかりなのに。時間がない、もう幼稚園のバスが来る時間だ。息子は玄関で片肘ついてねそべっている。

 「条件付きかよ。」とカミさん。

 「ガチャポンほしいな~。」と息子。

 時間が無い。こんなときはどこの親でも臨機応変に返事をするものである。もちろん、うちも例外ではない。

 「わ~かったから、さっさっとしろーっ!」

 どこまでしらをきりとうせるか、カミさんと息子の戦いがこれから始まる時間かな、そろそろ。

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2006年4月20日 (木)

そのまんまでいい。

 現在、わが家には、3人の自分の子と、夜、妹が仕事から帰ってくるまであずかっている3人の甥っ子姪っ子たち、上は12歳から下は2歳までが、所狭しと遊びまわっている。で、子どもたちを見ていてふと感じた。

  ”そのまんまでいいんだな。” 

 なんだか、メッセージのようにも思えた。でも、もしかしたら、これこそ最高の愛情表現じゃないかな、条件をつけない愛情、あたりまえなんだけどね。

 ふだん、これができたらほめてあげる、あれができなかったら怒るよ、なんて条件をつけてないだろうか、条件が大きければ大きいほど、不信感や劣等感も大きくなっていくんじゃないかな、

「今はできなくてもいいよ、でも自分でがんばって、そのうちできるようになればいいよ、それまでまっててやるから、だいじょうぶだよ。」

 こんなもんでいいんじゃないかな。

 と、自分に言い聞かせ待ってはいるものの、「きょうはいそがしいから。」と自転車の練習をしてくれない娘・・・もう1年たっちゃうのよ、いいかげん乗れるようになろうよ、もう怒んないから。 おねがいっ!

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2006年4月19日 (水)

牡丹日記

どーも、あたし牡丹です。さいきん冬毛が抜け始めてきてからだがかゆいです。

 今朝からうちのママちゃんのようすが変なの、で、散歩のとき、タコ坊・・いえ、主様に聞いてみたの、そしたらま~た二日酔いですって、しかもゲンさんちのママと夜中の1時まで・・。きっとゲンさんちのママ、今ごろゲロ吐きながらしごとしてるわね。でもいいじゃない、いっぱい喋って、飲んで、食べて、遊んで、働いて、感謝して、人生楽しみましょうよ!でも二日酔いのときは、後悔の気持ちでいっぱいらしいわ、バカね。後悔じゃなく、反省しなさいよ、ま、無理だと思うけど。

 そういえば、うちの主は、酒、たばこ、博打、しないのよね~、一体全体何でストレス発散してるのかしら?ま~横浜での生活までは、どんなことしてたか知らないけど・・・、知らない方がいいわね、きっと。

 「今日のリズムはサンタナだ!」っていってたわ、なんでも神様チックになったサンタナより酒、女、ドラッグが好きなのよ~まみれのサンタナの方が聞いてて魂が踊るんだとさ・・・。あら、サンタナⅢの ”EVERYBODY`S  EVERYTHING” ね、そうよ、この曲にタワー・オブ・パワーのホーンセクションが参加してるのよね~、カ~ックイイイ~っ!「誰もが世の中が新しくかわるのを待っているようだ」って歌ってるのよ、さっさと変われっつーのいい加減。おおっと、”GUAJIRA” ね、たまんないわ、このラテンのリズム、官能的なギター!おおっ、”JANGULE  STRUT“ 怒涛のリズムの嵐!からだがよじれそう!やっぱりJBL4312Aのスピーカー、いいわね!いい音だしてるわ。もう、とっても、ちてき~。

 あ、そうそうゲンさん家の三兄弟、このブログは、主じゃなくて、あたしが書いてんのよ、まちがえないでね。    

 それではみなさんごきげんよう~。えっ、ママちゃんきもち悪いって!?もうっ、はやくごはんちょうだいよ!

 

 

 

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2006年4月18日 (火)

新たなるスタートか?

 なんとか、ひとつの事を成し遂げた・・・と思う。

昨夜は、この仕事をやってよかった。やり続けなきゃ。と、本当にこころの底から感じた。 頭で考えて、こころで想って、からだで感じて、すべてが必然であることを理解する、そして一つのものとなる。そう感じた。 ”犀の角のように” ひとりで歩んで行こう、でも今回は、横浜の伊藤先生、神楽坂の柚水先生のアドバイスなくしてはどうなっていたか。そして小松先生のあのメッセージ・・・。

 あらためて感じた 「絆」のすごさ、魂で結ばれた人との絆、親子の絆はどんなに環境が変わろうとも、たとえ合うことが侭ならなくとも切れることはないんですね。

 「もう、恐いもんなんか何もない。」激闘の末、涙しながら言った患者さんの言葉。僕は、まだまだこれをつづけなければいけないみたいなので、ちょっと恐い。

 でも、「愛は死を乗り越える」 と自信を持って言える

 きょうは、神様に、亡き母に、家族に、「絆」で結ばれている方々に、感謝の気持ちでいっぱいです。

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2006年4月17日 (月)

癒し・・・って?

 先週は、なんだか色々と考えさせられた1週間だった。

「癒し」が流行になっている昨今、ほんとうに癒されたと感じるときってどんなときだろう、そもそも「癒す」の意味は、「病気、苦痛などを治すこと。」または「長い間欲しくてたまらなかったものをあたえてまんぞくさせること。」って辞書には書いてあるが、治らない病気の多いこと、痛みを抱えている人、どうしたら「癒される」のか。

 毎週木曜日は、近くの老人ホームへヒーリングしに行っている。もちろんおじいちゃん、おばあちゃんにとっては気持ちいいマッサージなのだが、からだにふれられながら昔話をしたり、どうしてからだが動かなくなっちゃったのかなど色々話す。終わったときに、「きもちよかった~。ありがとう、ありがとう。」と、言ってくれた。

 彷徨い続けたあげく何とかして欲しいと想って、ある人のなかに入り込んだ霊たち、どれだけ無念だったか、はかり知れない痛みと悲しみを抱いて死んで行った。そこに気づいたとき「ありがとう、ありがとう、気づいてくれてありがとう。うれしいよっ。」と。いっしょに泣いた。そして昇天していった。

 「癒し」・・・って、気持ちをわかってあげること。

 「癒す」・・・って、方法じゃなくって、気持ちをわかってあげられること。  かな。

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2006年4月12日 (水)

牡丹日記

 どうも、こんにちは、あたし牡丹です。女盛りの柴犬です。

あたしの一日は朝の散歩から始まるんだけど・・・。ちょっと人間たち、いわせてもらっていい?

 そこら中ゴ~ミだらけぢゃないの! あきかん、たばこのすいがら、コンビニのビニール袋、お弁当の器、な~んでもかんでも、しかも車から投げ捨ててる!あんたたち、どんなおむつ・・いや、おつむしてんのよ!だいたい「今の世の中車社会だから、フフン。」とか言っちゃって、歩かなくなって、ゴミがおちてること、花が咲いてる事すら気づかない。それでいて「町の発展のために!」な~んて鼻の穴おっぴろげてえらそうな事いってる人間たち、なんだか大事な事がわかってないわね。

 散歩してるとき、いつも会うおじちゃんがいるの、その人は毎日小さいゴミを拾いながらあるいているの、だからその人の歩いてきたみちはちりひとつおちてないのよ、歩かなきゃ気づかない事がたくさんあるのよ、ちいさなことを少しづつやらなきゃいけないのよ。だからあたし、バカ主に言ってやったわ、

 「諸悪莫作 衆善奉行」

 悪いことすんな、いい事をいっぱいしなさいってね。3歳の子どもにも理解できるのに、いい歳こいたおとなが実行できないのよ。そしたらうちの主、汗かいてたわ、なんかやったのかしら昔???

 でも、そのおじちゃんのおかげでうちの主、毎日ゴミを拾って歩くようになったわ、こうやってちょっとづつみんなが気づいてくれればいいのよ。むづかしいことじゃあないわよ。

 ひとりひとりの草の根運動しましょうよ。

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2006年4月11日 (火)

STAIRWAY TO HEAVEN

 昨夜は思いもかけず、「天国への階段」へ導くお仕事だった。

で、想ったのが、

 「なき人の為にとつとむ追善は生ける我が身の教えなりける」

ということ、そして、あらためて感じた自分の役目。

  ”浄霊” お引き受けいたします。

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2006年4月10日 (月)

STRESS RELATED GROWTH

世の中にはストレスで困っている人々がたくさんいるよね。うちを訪れる患者さんの痛みの原因もストレスから来ているものが半数を占めている。ストレスは人に不安や抑うつを与え、苦しめ、病気にさせるというとてもネガティブな面が強調されてきているけど、じゃあ、そんなに悪いことずくめなことなの?それは、なにかに気づく為の、そして魂の成長の為のチャンスという風にとってみればいいんじゃないかな、スポーツ選手だって、芸術家だって、みんな毎日ストレスと戦っている、そしてそれを乗り越えたとき、すばらしいプレーや作品が創り出される。

人生は、想像から創造されるもの。でも、なかなか思うようにはいかないよね、そこがミソ!人生の途上で起こってくるさまざまな不都合に対して、その人がどう反応し、どう回復していくか、それはその人の資質に委ねられるってこと。

  「いまが、最良の瞬間なのよ。」って思えれば、いろんなことをポジィティブに考えられるようになれるんじゃないかな。

 さぁ、きょうもがんばりましょうー!

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2006年4月 7日 (金)

なごり雪のなかで。

昨日は、娘の小学校の入学式だった。イメージとしては、桜の花びらの舞い散る中、親子で歩いて行く・・・というものだったが、東北だからまだ桜は咲かないにしても、雪、しかも、桜吹雪ならぬほんとの吹雪のようであり、寒いのなんのって。

でも、自分が親になったことだけでもビックリなのに、その子どもが小学校に入るとは、そして28年ぶりに歌った校歌、なんとも感慨深いものがある。それにしても、大きな怪我も無く、病気も無く、すくすくと育ってくれた事、今までの6年間が走馬灯のようによみがえってくる。ほんとうに神様に感謝しなければいけないね。子どもは神様からのあずかりもの、親が何を言っても、きっと自分のみらいを自分で切り開いて行くんだろうね。ただ1つだけこうあってほしい。

「水のようであれ」ということ。みずは、あらゆるものに命を与える。養ってくれる。

大変な力をもっているのに、争わない。

そんな思いも込めてつけた名前なんだから。

さて、あしたは、2歳の娘の入園式だ。まだまだお父さん努めさせていただきます!

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2006年4月 5日 (水)

牡丹日記

どうも、こんにちは、あたし柴犬の牡丹です。歳は、女盛りってとこかしら。

きょうは、うちの主が日記書く気がないみたいなので、あたしが代わりに書くわね。うちの主ったらすぐ飽きちゃうのよね~。

あたしの1日は、朝の散歩から始まるの、6時位から主を起こして、1時間の散歩。最近は、やっと春らしくなってきて気持ちいいわ~、みなさんも朝、散歩したほうがいいわよ。歩きながらゆっくり呼吸することで、体中にエネルギーが行き渡るような感じがするの、頭もすっきりするし、なによりいいのは、春の草花や雉の鳴き声、遠くの山並み、風の音、川辺の鷺、鶯の鳴き声、四季をからだとこころで ”感じる” 事ができるのよ。うちの主は、自分との対話だ。っていってるけど・・・、そんなバカはほっときましょう。それと、”リズム”ね、ちなみにきょうのあたしのリズムは、マイコォー・ジャクソンの"OFF THE WALL" "フォーッ!"ってHGじゃないわよ!でも、名作だわ、このアルバム、クインシーファミリーが総出演!、とくに ROCK WITH YOU がいいわね。にしても、マイコォーったら何であんな風になっちゃったのかしら。まぁ、となりにいそうなお兄さんみたいなスターより、ちょっと変人っぽいスターの方がかっこいいっていえばかっこいいけど・・・ほんとに変人になっちゃ~ね~。

さて、昼寝の時間だわ、このうちの子供たちが帰ってくるまで休んでおかなきゃだわ。ではみなさんごきげんよう、また書くわね~。

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2006年4月 4日 (火)

めいわくかけちゃえば?

長野県に住む車椅子の男性が、ご自分の夢であったスイス、イタリア国境のブライトホルンという山に登る事になった。車椅子でどうやって!?と思ったが、ガイドの人たち数人でおぶっていくらしい。エベレストなどでは様々な障害を持つ人たちが、みんなの力を借りて登山を成功させていると聞いた事がある。

その男性はこういったんだろうなあ、

「大変、ごめいわくおかけしますが、よろしくお願いします。」

なんて崇高でありがたいごめいわくだろう!自分が頼まれたわけじゃないのに、ブルブルッと感動し、よっしゃ~やったるぜ~!と思ってしまった。

人はみんな、支え合って生きている。大なり小なり、めいわくをかけ合って生きている。「人にめいわくをかけない様にしよう。」とか「人にめいわくをかけない子供にそだてよう。」とかいうけど、かけたり、かけられたりして人間成長していくんだよね。いいじゃんか、めいわくかけたって、かけられた方も、「心配すんなよ。俺にまかしておけよ。大丈夫だよ。」って言ってあげようよ。

誰かのお役に立てるってことは、きっと、神様から頂いたチャンスだよ。

でね、その男性を担ぐ人は、なんでも”ロボットスーツ”なるものを装着するらしい!?それ、いったいなに?どういうの?かっこいいやつ?もう僕の頭の中はモビルスーツが山を登ってる・・・。

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2006年4月 3日 (月)

晴れたり曇ったり。

伊庄整体ヒーリング治療院も開院して9ヶ月目、まだまだ軌道に乗るには程遠い状態だけど、「自分には合ってんじゃないの、」と、感じていただいて、通われ、良くなっている人がいるというのは、とってもありがたい事だなと感じています。地元よりも遠方から来る方が多いというのも不思議なもんですね。遠くのほうが、ニオイを感じるのかな?

短いようで以外と長い人生、その中には、晴れの日があったり、曇りの日があったり、雨や、雪、嵐だってある。でも、冬が終われば、まちがいなく春が来るよね。大切なのは、春を信じる事、そして冬の過ごし方、冬の時ほど家族や恋人のありがたさ、大切さを感じる事は無いんじゃないかな。今だから見れる子供たちの表情、言葉のひとつひとつ、支えてくれる大切な人との会話が、春に芽吹くためのエネルギーになるはずだよね。

十分な太陽と水があれば自然に花が咲く。      

   おたがいがんばりましょう。     ねっ。

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2006年4月 1日 (土)

犀の角のように。

悩んだり、苦しんだり、行き詰まったりした時に、フッと僕の口をついで出てくる言葉がある。

「犀の角のようにただ独り歩め」

この言葉のおかげで、不思議にこころがなだめられ、怒りも、不如意もスーッと消えてしまう。これはお釈迦様の言葉で、僕にとってはまるで呪文のようなことばだ。

広い荒野を悠々と突き進む一頭の黒い犀、その頭の上に突き出た角を自分自身に重ねてみる。どこまで行っても所詮人間は孤独な動物なのかなという諦めの念がこころに湧いてきて、清清しい気持ちにもなるが、お釈迦様のこころ、本意はどのようなものか、僕みたいな凡人にはわからないし、徹する事もできない。でも孤独だという認識を持てば、大抵の困難には、耐えていけるかもしれないし、孤独だからこそ、人の孤独さを知り、人を思いやり、そして愛する事ができるのかもしれない。孤独だからこそ、自然の美しさがこころにからだにしみてくる。孤独だからこそ、目に見えない、大いなる何かの力を感じる事ができるのかもしれない。

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