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2006年6月30日 (金)

答えはどこに?

 仕事や人間関係、これからどうしたらいいんだろう・・なんて悩むこと、たくさんあるよね、若い時は経験も少ないし、何から手をつけていいのやら、何をしていいのやらさっぱりわからんって時僕もたくさん経験しました。でもそれは選択肢がいっぱいあるってことよ、何をやってもまちがいはない、失敗しても後悔しないこと、反省すればいいんだよ。成功したことより、失敗したことのほうが身になるしね、今、世間はやりたいことをやることが生甲斐だって言うようなことばかり言ってるけど本当はどうだろうね、だから不満だらけの人ばかりが増えてるような気がする。「したいこと」じゃなくて、「するべきこと」をした時、人間は満ち足りるんじゃないのかな。自分にできること、自分にもできること、自分にしかできないこと、それらは全部自分の中にある。悩んだり、迷ったりしたら、海の風、山の風、日の光、自然に身を委ねてみたら?なにかみつかるかもよ、

 「宝は己の内にあり」

 ね、LAのmeguちゃん。

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2006年6月28日 (水)

健康とは、

 治療家(ヒーラー)という仕事をしてるので、たまには、健康でいるにはとか健康ってなんだろう?ってことを普通に書いてみようと思う、といっても僕は健康オタクじゃないし、肉を食べちゃダメとか、こんなサプリメントがいいとか、こんな体操を毎日かかさずしてください、とか自分がやらんことを薦める気はありません。

 まず、からだは健康になりたがっています。健康ってのは完全にバランスがとれた状態の事、自然な状態であり、なんの努力もしてない状態です。そして大切なのはこころと精神のバランス、これを保たなければ健康にはなれないし病気も良くなりません。エゴ的思い、取り越し苦労、不安、イライラ、ストレス、怒り、妬み‥これらはこころと精神を不調和にして、からだに悪い影響をもたらします。あったりまえだよね~、でも意外とこれに気付かない人多いよね、そして指摘すると「やっぱり、そんな気がしてたんだよね~。」で長年続いてた不調が無くなったりすることもよくある。そこに気付かずからだだけをみて治療しても同じことのくりかえしですね。以前チラッと読んだよく売れてる整体師さんの本に、「臓器の働きによる傾向がこころに影響を及ぼす。」って書いてあったが、逆だよ、わかってないね。まずこころ、魂ありきで考えるべき、からだが病むということは、魂または霊、精神のどっちかに不自然なところがあるってことです。真の健康は”調和”精神と霊(魂)からだの正しい連係関係です。

 からだは家であって自分自身ではないと考えてみてね、家も長いこと住んでればボロがでてくるし、家であるのだから住み心地良くしておきたいし、時にはメンテナンスも必要です。でもあくまで住居であり、住人ではありません。

 健康とは自然の摂理に沿った生き方、僕がよく 「歩いてくださいね、健康のために、」というのは、体力をつけるためだけじゃなく、歩いて、自然を感じ、そこにあるすべてのものを感じ、自分自身とどう関わっているのか、本来の自分、”霊性”を思い出してほしい、気付いてほしいということ、そしてそれは病気になった時の治療法でもあるんです。どう?けっこう普通のことでしょ。

 

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2006年6月26日 (月)

誕生日に想う

 24日は娘7歳と息子5歳の誕生日だった。まさか同じ月日に生まれてくるとは思わなかったな。その時の様子は今も鮮明に思い出される。最高に楽しい思い出。

 娘は横浜市立愛児センター(今はもう無い)で生まれた。そこは出産専門の病院で、もちろん自然分娩、「もうそろそろ出ま~す。」って時に病院に行き出産、4,5日で退院するというところ、あかちゃんとお母さんの最初の関係を一番大切にし、もちろん母乳中心で、ミルクは飲ませないところだった。最初は立会い分娩などするつもりは無く(ちょっと怖かった。)看護士さんに 「えっ!?しないんですか~、もったいな~い。」と言われ、もったいないと言う言葉に弱い僕は、「じゃ~やってみます・・・・」 しかし、立ち会ってみて、ほんとに良かった!あの経験がなかったら今の自分はいない。娘が出てきた瞬間、そして最初に抱き上げた時、頭の中、こころの中になんだか不思議な思いが湧き上がってきた。あの感動、おとうさんがお父さんになった日だった。生まれてきた瞬間、「もう一人ほしい・・・」とこころの中でさけんでしまったのは言うまでも無い。

 で、2年後の同じ日に息子が生まれてくるとは・・・ その時はカミさんは総合病院の産婦人科に勤務しており、大きな病院での出産に疑問を持っていた。愛児センターも閉鎖され、そこの助産婦さんたちの助言、薦めもあり、さらに持ち前の決断力と行動力でカミさんは自宅分娩を決めた。ぼくは 「それって・・・?」しかし考えてみれば妊娠は病気ではない、病院で産まなきゃいけないわけじゃなし、そして紹介された助産士さんは”ゴッドハンド”と呼ばれる宮下美代子先生と言う方で自然分娩、母乳については知る人ぞ知るかただった。どんなにおっぱいがでないと悩んでいても宮下先生の手にかかれば、ほんの数分で出てしまうという、まさにゴッドハンド。出産予定当日にはあかちゃんを取り上げる妙技を是非見て勉強したいという助産婦さんも集まり自宅では宴会しながらの出産となった。動物は出産後外に出された胎盤を食べる。それは胎盤に物凄い栄養価が有る事をしっているからであり、人間の胎盤も医薬品や病気の治療に使われている。そこで、二人で閃いた。「こんな機会めったにあるもんじゃない、是非胎盤を食べてみよう!」出産直前ぼくは、生姜醤油とにんにく醤油を用意しておいた。お産はへその緒が頭に引っかかっていると言うトラブルが発生、しかし宮下先生の技により無事出産、胎盤のお味は・・・美味かったです。

 一つの命が生まれてくることでいろんなドラマが始まる。それまでの価値観なんか簡単にふっとんでしまう。目の前で、手をギュッと結んで生まれ出てきた我が子に教えられてきた事のなんと多いこと、そして教えられた大切な事それは、命は尊いものでありそしてその命に終わりは無いということ、そして愛こそが人間にとって無くてはならないものだということ。

 みんなに祝福され見守られながら生まれてきたんだから、死ぬ時も是非みんなに見守られ、「お疲れ様、行ってらっしゃい、また会おうね。」なんて言われながら旅立って行く、これがぼくの理想だね。

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2006年6月23日 (金)

ごめんなさい・・・

 数日前、メダカのあかちゃんが孵化していた。ホテイ草にくっついていたらしい、しかも2匹だけ、造ってる最中の小さな池の中を一生懸命泳いでる姿が愛らしい、で、なかよくみんなで泳いでねって睡蓮鉢のメダカも池に放したのがお~まちがい!メダカって、なんでも食べちゃうのね・・・。ちっちゃいメダカちゃんの姿をそれから見つけることはできなかった。メダカちゃん・・ごめん・・   合掌

 今朝、「おたまじゃくしが見たい!」って息子が言うので、愛犬牡丹と一緒に散歩へ行った。15分ぐらい歩いて田んぼを覗くと、いるわいるわうじゃうじゃと、息子は大喜び、「こんどつかまえて、そだてようね」と、ぼくも昔やったな、「あ、バッタがおぼれてる!」と息子が言った瞬間、なんと水カマキリがバッタを捕まえた。「な、なにこのむし」 はじめて見たらしい、そういえば農薬の問題で数が少なくなったらしいね、昔はどこにでもいたのにね、そして大きなタニシもいっぱいいる。なんだかうれしくなってきた、子どものころの知識がこんなところで自分の子どもにいかせるなんて、フフッいばれる。タニシを数匹捕まえてうちへ持って帰り池と睡蓮鉢に放した。

 こうやって、子どもたちに自然の感覚をからだで学んでいってほしいね、そしてそれを伝えるのはひとりひとりの大人たち。

 

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2006年6月21日 (水)

鳥鳴花笑

  ケ~セラ~セラ~♪ で乗り切ってきた僕の人生、でも十数年前お先真っ暗、どしたらいいのよ!?って時もあった。そんな時あてもなく鎌倉をぶらぶらお寺巡りしていた。僕の好きな作家である立原正秋の菩提寺である瑞泉寺によく行き、本を読んだり、ボケ~っとしてたり、一応悩んでみたり、そんな時、いつも20センチぐらい開いている本堂の扉から中を覗いてみた。真ん中に御本尊の千手観音様が美しい姿で居られる、でその後ろに掛け軸が、読むと 、

   「鳥鳴花笑」 

   「・・・・・・・」  

 一瞬頭の中が真っ白、それまで聞こえていた鳥の声も風の音も竹やぶの音も聞こえなくなり、なんだかすべて吹っ飛んでしまったような気持ちになった。それ以来忘れようとしても忘れられない大好きな言葉、いや、観音様から頂いた言葉として大切にしている。

 今は、僕の敬愛する音楽家であり書道家であり・・・枠にはめることの不可能な人Jinmo氏による書で治療院正面に飾ってある。

 こころの中で、いつも鳥が鳴いて、花が笑ってる。そんな気持ちでいつもいれたらいいな、などと想ったりしてます。

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2006年6月19日 (月)

睡蓮鉢にホッ・・

 夏が近づいてきたせいかなんだか水や水辺が恋しくなってきた。昨日は子どもたちを連れて海へ、ちょっと肌寒いが子どもたちには関係無いみたい、みんなびしょ濡れになって遊んだ。

 大きな火鉢を睡蓮鉢代わりに使っていたのだが、やはり用途が違うため水が漏れ出してきていたので鉢カバーにして観葉植物を入れた。蔵の中にしまわれていた梅干を漬ける甕も睡蓮鉢にしてみたり、その側にインドのお土産の木彫りのガネ―シアをおいてみたり、やりはじめるともう止まらない。庭に御影石で囲み井戸水を貯めておく所があり、そこに水を貯め睡蓮を植え石と流木を置いてビオトープを作った。息子はそこでまだちいさいゼニガメを泳がせている。

 何が楽しいって、ホッとするんだよね、その中を泳ぐメダカと金魚とタニシを見てると、かわいいこと・・・「そ~ッとのぞいてみぃてごぉらぁん~♪」って歌いだしたくなるよほんとに、あとは睡蓮の咲くのを待つばかり、あ~たのしぃ、で、先日インターネットで景徳鎮の山水画の描かれた睡蓮鉢を購入、到着を首をなが~くして待っている今日この頃です。

 さあ、今日も朝から天気もいいし、って思ってたら曇りだしてきたな・・・でもがんばって働きましょう。

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2006年6月16日 (金)

命を伝える教育

 命ってなんだろう、生きることって、死ぬことってなに?今の世の中、これってだれが教えてくれるんだろうね、命の尊さって、学校の先生が教えてくれるには限度があるだろうし、本当は両親がおじいちゃんおばあちゃんが教えるべきことだと思うけどね。

 海外では、ホスピスや老人ホームに隣接して幼稚園があるところが多いらしい、お年寄りや末期の患者さんたちはいつも子どもたちと接し、あの世へ持って行く楽しい思い出作りをする。いつも子どもたちと接していた方が亡くなったとき幼稚園の先生はかくさず子どもたちに説明するそうだ。

 「ひとは神様のところから来て、神様のもとへ帰るんだよ。みんなが神様の子なんだよ。」

 こんなシンプルな説明で子どもたちは納得する。だって子どもたちの方がわかってるからね。

 僕は子どもたちに、生き様と死に様を見せるつもりでがんばります。

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2006年6月15日 (木)

老人ホームにて

 今日も近くの老人ホームへ出張しマッサージしてると、みなさん妙にニコニコ、「なんかあるの?」と聞くと、「幼稚園の子どもたちがくるのよ~」と笑顔で答えていた。とっても楽しみにしてるみたいだ。で、子どもたちがご到着、なんとうちの子たちの幼稚園、しかもうちの娘(2歳)もいるじゃ~ないか!娘と目が合うと、口を真一文字に結んで、「パパみちぇちぇね、あたちおどるから」て、感じに目でうったえてきた。じーちゃん、ばーちゃんは、ふだんのゆ~っくりした動きが嘘のように素早く(老人スピード)食堂に集まった。子どもたちのお遊戯が始まると、じーちゃん、ばーちゃんたちの顔はもうくずれっぱなし・・・すごいな~子どものパワー、たった20分位でみんなを元気に、そして癒してしまった。ぼくも見ていて癒された。こんな素敵なこともっとやるべきだな。

 お年寄りたちが今望んでいるもの、ホームでの行き届いたサービス、老人福祉の向上、それより ”素敵な思い出づくり” じゃないかな。

 

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2006年6月14日 (水)

牡丹日記

 あたしぼーずんちの牡丹、柴犬です。歳は、そういえば散歩してるとよく、「何歳くらいなの?人間でいうと。」って聞かれるんだけど、それって、意味わかんないわね、だいたい「この人間、犬だと何歳?」なんて言わないでしょ。で、あたしの歳は、女盛りよ。

 風邪がはやってるみたいね。ついにぼーずの息子も38度の熱が出て寝込んでるわ。どんなに予防しても、ひくときはひくのよ、逆に全くひかない人のほうがこわいわね。この空気中には、風邪菌はもちろんいろんなウィルスがいっぱいなのよ、感染しないほうが不思議なくらいなのよ、問題は感染してもからだの抵抗力と体力があるかどうかよ。風邪をしょっちゅうひいている人はそのたんびに薬ばっかり飲んでる人ね、やっぱりふだんから良く食べ、良く働き、良く遊び、良く寝る、これが基本だと思うわ。あたしもちょっと食欲なかったのよね~。

 こんな時はやっぱマイルス・デイビスね、"AGHRTA"1975年 大阪フェスティバル・ホールでのコンサート、す、すごすぎる・・生で聞きたかったな~これ、9歳かオレ・・ってあ、主が言ってるわ、ROCK、R&B、AFRICAN、FUNK、JAZZ いろんな要素が融合しちゃってるわよ~、これぞグルーブの帝王。主は2回マイルスのコンサートに行ったんだって、晩年の頃だったけど、あの背筋を走る緊張感と感激は忘れられないらしいわ、バンドのうねる激しいリズムにふらりとマイルスがあらわれ、”プへ~”とトランペットの音、すかしたの!?とおもいきや場内から大喝采、それだけで鳥肌もん、感激だったんだって。いまだに、エレクトリックに走ったマイルスなんてJAZZじゃないなんて言ってる方、も~いないでしょ?まさかね。

 常に進化を求め、情熱と創造性を持って前進していく、ジャンルなんて関係無いのよ、そこに熱意が魂があるかどうかよ。

 

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2006年6月13日 (火)

ちからのみなもと

 バイキンマンに顔を濡らされたアンパンマンみたいに 「ちからがでぇなぁい~」って感じで家にもどると、「おっかえり~」と、6にんの子どもたちが、元気良くご飯を食べている。それを見ただけで気持ちが癒され、元気100倍アンパンマンになった気がする。あとは汗をかいて寝れば良しと思い、4歳の熱いヤツ(息子)を抱き枕代わりに寝たら汗ぐっしょり、おかげで今朝は快調、じっとしてられない感じだ。

 ぼくのパワーのみなもとは、子どもたち、と、もちろんカミさんです。家族が元気でいられること、みんなが平和でいられることを神様に感謝しないではいられない。

 子どもは、未来であり希望 命であり光

 子どもは、神様からの授かりモノのではなく、神様からの「預かり」もの。

 授かりモノだと思うから、自己所有の感覚に陥ってしまう。神様から「預かった」ものならどう扱うだろう。

 子どもは、神様からのメッセージをたくさん運んできてくれる。今、必要な事は、教育論や方法論ではなく、子どもからのメッセージをきちんと受け取ることだと想う。そうすれば、一人一人の最良の育て方がわかるんじゃないかな。

 そして時には、鬼になる事も大切。

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2006年6月12日 (月)

風邪入りか?

 昨日からなんだか調子が悪い、昼間は鍬を持つ手にも力が入らない、なんだかだるくて、関節の節々も痛い・・もしかして、人並みに風邪かぁ?と思いつつ、前沢牛のにんにくバター醤油チャーハンとにんにくをレンジでチンしたもの、白湯スープのすいとんをたらふく食べたら元気が出た。燃料切れか・・・オレ。

 でも今朝もいまいちな感じ、頭が痛い、なんか最近寒いもんね~、せっかく出した風鈴も寂しげな音だしてるし、今日のオレだめだな~なんて思ってたら午前中から予約でいっぱいになってしまった。しかし、そうなると俄然パワーが湧いてくるのだが・・・。うちの治療院にはたくさんのハーブティーがある(患者さんの調子によって種類を変えてだしてます。小売もしてます。)今日は風邪の特効薬"エキナセア"飲んで頑張ろう。夕ご飯はほうれん草いっぱい貰ったんで、豚肉(もちろんこんきんさんの)とほうれん草の”常夜鍋”だって、ポン酒いっぱい入れてくれ。

 地震やいろんな災害があちこちで起きてるみたいですね、くれぐれもお気をつけ下さい。何があってもおかしくない世の中ですからね。

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2006年6月10日 (土)

もう梅雨みたいです

 昨夜の雨、なんだか嵐みたいだったね、五月晴れもあまり満喫しないうちにいつのまにか入梅しそうです。変な天気だねまったく・・・。

 今日は、うちの菩提寺の晋山式、子どもたちの稚児行列がありました。6歳の娘が化粧をして町を練り歩いた。息子は何が何でも嫌だと出てくれなかった。化粧が嫌だったらしい、「KISSも化粧してるじゃん。」と説得したが、「じゃ~ホシかいてよ。」それは無理なご注文、30年に一回なのに、前回は僕と妹も出た。あ~もったいない、・・・・30年前か、30年後は、いったいどうなってんだろうね。

 夜は、唐桑半島の半造レストハウスで、杉本篤彦バンドのライブに行きます。1年ぶりの杉本さんのギターサウンド、グルーブを堪能してきます。

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2006年6月 9日 (金)

やらなくちゃいけないみたい。

 安倍家の御霊鎮めを仰せつかったみたいです、どうやら。いままでの経緯でいうと、うちの母が遺した本から始まったみたいだ。不思議な事はすべて必然、「気づき」は天の導き、か。どうりで今まで武者の浄霊をすることが多かったわけだ、”ぜんまいざむらい”見てるばあいではね~なぁ。

 いろんなことを経験して、壁を乗り越え、こころが成長していく、その成長に伴って自分自身に力をかしてくれたり、導いてくれる霊との関わりが深くなっていく、これは、思い当たる人たくさんいると思うよ、人生の目的のひとつは考える限りの方法をつくして霊との関わりを深める事、これから、さらに高いハードルを乗り越える為にも、何が本当に大切なことなのか考え、生かされていることを信じ、 神様に、御仏に、私たちの礎を築いてくれたご先祖様に、生かされていることへの感謝の気持ちを持って生きることが大切だよね。

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2006年6月 8日 (木)

老人ホームにて

 毎週木曜日は、老人ホームでヒーリング、というより肩もみながら世間話をしている。今日もあるおばあちゃんの腰をもんでたら、 

 「歳はとるもんじゃないね~、病気はするし、お医者さんには歩くなっていわれるし・・・」

 「なんで歩くなって言われたの?」 

 「転びやすいからって。」

 お年寄りたちは医者から言われたことは素直に聞く、歩くなと言われりゃ、歩かないみたいだ、本人は歩きたいのにね。歩かれて転ばれて迷惑するのは周りの人だからってことかね。だまっていても歳はとる、歳をとれば自ずとからだの機能も低下してくる、すると、はい、あなたはこういう病気ですと病名が付けられ、その日から病人の仲間入り、そして薬漬け。健康にしてほしいんであって、病気にしてほしいんじゃないんだけどね。

 こんなこと聞いたことがある。

 「知らない街に行ったら、知らない老人に親しげに挨拶しましょう。すると、その老人、今挨拶したのだれだったかなぁ、と考える、考えるからボケなくなる。みなさんでやりましょう。」

 ・・・知らない人に「おじいちゃん、元気?」なんて言われて、「ありゃ、いまのだれだったかな~・・。」知らないんだから、思い出せるわけないよね、思い出せなかったら、「やっぱりオレぼけたんじゃないんだろうか。」っておもってしまうんじゃないの、どうなの?

 そのおばあちゃん、あんまりボケてないんだぁと思いながら話してたんだけど、突然、

 「あら、ここどこ・・・、あたし、バスで来たんだっけ?おたく・・・どなたさん?」

 「・・・・・・」

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2006年6月 6日 (火)

先人の想い

 僕の母が、生前 「これ、読んどきなさい。」って遺してくれた本が数冊あり、それを読んだ時、背中に”走る”ものがあった。岩手に帰ってもいいかも、ってその時思い、色々あって20年ぶりに岩手に帰ってきた。そのきっかけとなったことの中に、この先人の想いがあった。そしたらなんと、日曜日盛岡で会った方がその流れを受け継いでる方で、もう、ご縁に感謝です。んでそりゃ何かっつうと、安倍次郎貞任です。この方の遺文に魂震わされます。一部書きますね。(紙か?これは、)

     安倍次郎貞任遺文

 生は死に通じ、死は生に通じる。これは荒吐神の要旨である。死を恐れるな、何事においても自分の心を偽ってはいけない。自分の心に問いただす行為が神に通じる。自分の行為を心に問わず、他人の事も考えず突き進むのは邪道である。

 人として生まれた者は太陽に照らせば平等である。人を忌み嫌うも人である。人の上に人を造り、人の下に人を造るも人である。

 神の光は平等である。平等は和の基である。和は救いの基である。これを乱すものは人でなく心のない輩である。人が人を支配するのは神の真理に背く行為である。

    色々続いて最後に・・・

 我が一族よ、この遺文を遺すも捨てるも自身の心に尋ねてからでよい。人間の心には常に可否の自由がある。しかしその判断は運命である。

 ん~、すごい・・・先人の方々の想い、受け継がなければいけないと思う今日この頃です。

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2006年6月 5日 (月)

有意義な日曜

 昨日は仕事と遊びを兼ねて家族で盛岡へ行ってきた。お昼から仕事、先月から治療を始めたパセドー氏病の方、その後の検診で数値が良くなり、薬の量も減り、数年続いていた頑固な便秘も全く無くなったそうだ。よかった~、また来月も盛岡で治療することになりました。治療院に毎日こもってるより、たまに外に出た方が気晴らしにもなるし、楽しいしいろんな出会いがあるからいいね。岩手山も美しかった。

 その後、手作りショップ・まちの交流館”おふくろさん”というお店をやっている田村さんに会いに行った。とってもパワフルな女性で、いろんなLIVEを企画運営していて、10月にベリーダンスとアラブ音楽のグループのLIVEを企画、今回はうちの子たちの幼稚園でも演る予定です。 

 田村さんの案内で、近くにある安部次郎貞任神社へ行った。安部貞任は僕の敬愛する人物、その安部一族が前九年の役で滅んだ地で、初めて行ったが・・・「あったま、いて~」場所だった。そりゃそうだよね、怨み、嘆き、悲しみ・・・なんだかいろんなものが渦巻いていた感じ、でも、誇りも感じた。合掌。

 うちのカミさんが地図を見ながら「前九年の”役”ってどこにある”駅”?」って、天然ブリを発揮してました。

 で、盛岡と言えば冷麺、もちろん焼肉もろともおなかに収めて帰りました。ごっつぁんでした~。また来月行くぜ!

 

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2006年6月 3日 (土)

風鈴♪

 なんとな~く夏っぽくなってきたかなと思って治療院の入り口に風鈴をつるした。もちろん南部鉄器の風鈴で、音の響きがとても気持ちいい、さらにBGMは、ANTONIO CARLOS JOBIMの"WAVE" ん~っ、な~つっぽい!が、かんじんのお日様がお顔を出してくれない・・雪駄履いた足が冷たい、やっぱり日照時間が少ないなぁ今年は、大きな地震が来るって噂もあるし、だからか、あの異常なまでの駐禁取締り、この辺じゃまったく関係無いけどね、とにかく「災害は、忘れた頃にやってくる。」ではなく、「災害は、忘れなくともやってくる。」だね。風鈴の音ききながら、楽しく夏満喫したいけどねぇ。

 あぁ奈良のリングネーム、”ストリチナヤ・そーしん”のママさん、わたくし、遊び以外にも子どもたちに教えられるものありますよ!もちろん! プロレス観戦とか・・・。

 さて、明日は、早朝に幼稚園の園庭整備、そのあと盛岡に出張ヒーリングです。初めてお会いする方もいるのでとても楽しみです。一期一会のご縁ですからね、大切にしましょう。

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2006年6月 2日 (金)

感覚を育む

 今朝も6時から愛犬牡丹に付き合ってもらって、畑仕事をしてきた。草がた~くさん生えてた所の開墾から始めたので今年は”土作り”だね。でも朝のお日様を浴びて、大地のエネルギーを吸収して、大気の流れを肌で感じる、すると自分も自然の一部で、生かされてるんだな~ってあらためて感じる。牡丹も草の上でおなかだしてごろごろ幸せそうだね。

 この間4歳の息子と散歩していると、「パパ、なんだかなつのにおいがするね~。」と、そんなこと特に教えたこともないが、一緒に海でたくさん遊んだ記憶だね。4回しか夏を経験したことないくせに息子はちゃんとこころとからだで憶えていた。

 今の世の中、頭で考えること、頭で覚えることの教育には一生懸命だが、ほんとうに大事なこと、これからの世の中で大切なことは、からだで感じ、こころで感じ、頭とからだとこころで憶えることじゃないかなあ。そのためには、上層教育に役立つ高価なおもちゃなんて必要ない。土に触れ、海に親しみ、山を感じる、そうやって感覚を育んであげたい、それには、めんどくさがらずにお父さんお母さんが、自分が子どもだったときの楽しかったときを思いだし、いっしょに子どもたちと遊ぶことだよね、もう僕は遊ぶことしか考えてません、ハイ。

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