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2008年10月31日 (金)

やすらぎ、は・・

 うちに来る患者さんは、身体に痛みを持つ方はもちろんでも精神的に何かを求めてくる方が多い、それは「やすらぎ」であり「心やすらぐ場所」のようです。みんな子供たちのため家族のため忙しく働いています。仕事から家に帰ってきて家族の顔を見ればもちろんやすらぎはあるはずですが、仕事の疲れ、ストレス、蓄積された痛みからは開放されないのが現実です。治療を終えた後みんなが言う言葉が「ほっとした」 「よく寝た」 「開放された」などと言うのも、日ごろどれだけ心と身体を酷使しているかのあらわれのように感じます。

 僕の仕事は、そんな「やすらぎの時間」をつくりだすことであり、治療とはその患者さんが心と身体にもつ問題を患者さん自身が向き合い、心と身体そして魂が語り合う時間を持ちそのために必要なエネルギーをちょっと加え、治る方向に誘ってあげることだと感じます。

 そんな仕事を神様にさせていただいているのだから、自分の身体と心、そして魂もいい状態でいなくてはいけないです。んじゃ~なんか特別なことしてるのかというと、ふつうですね、別に節制もしてないし、朝の散歩と水泳くらいが体力づくり、あとは毎日を家族と楽しくあるがままに過ごすってことです。んで、僕のやすらぎは、「あれ」です。

 

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牡丹日記 

 さっぶいわね~ぇ・・みなさんお元気かしら、あたし柴犬の牡丹です。急に寒くなっちゃって10月下旬で昨日は霜がはって、今朝は薄氷がはっちゃったわよ~はやいんじゃないのちょっと・・・でもあたしのおうちにタコ坊主が断熱材をいれてくれたのよ、ダンボールで・・あったかいんだけどヘンな気分だわ、たしかに・・あったかいわよ、これで家をつくってるおじさんたちの気持ちがよくわかったわよ。

 あたしの毎朝の健康法ははタコ坊主を散歩させること、6キロを1時間のペースで歩くのよ、おかげで毎日快調だわ、何年もこうしてるとなんとなく微妙な気候の動きと自分の体調との絡みがわかるし、調和がとれるようになるのよ。そしてお日様のパワーをあらためて実感できるのが早朝のこの時間なのよね。

 そしてもうひとつのお仕事が通学路のパトロールよ、小学生のみんながあいさつしてくれて、みんなの顔を見るのが楽しみなのよ、夜更かしした顔だったり、ゲームしすぎの顔だったり、親におこられた顔だったりね、でもみんな毎朝元気であたしがパワーいただいちゃうくらいよ、子供たちにとっては冬も寒さも遊びのひとつなのよね。問題はうちのママちゃんだわ、あの寒がりは今年の冬無事に越冬することができるでしょうか。行き着くところは鍋に日本酒かしらね。

 

 

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2008年10月28日 (火)

史跡へ、

 今日は、二戸市に行ってきました。仕事ではなく、幼稚園のPTAの大会で講演会などがあり県内各幼稚園から参加しなきゃいけないわけで、うちの幼稚園から3名のお母さんと先生1名引き連れ県南から県北へ片道200キロ高速道路ぶっ飛ばしてきました。さすがにもう紅葉がはじまって風も県南とは違いますね。実はこんなことがないかぎり二戸に来ることもないだろうと思い別の予定を考えていました。お母さんたちには講演会を聞いていただき僕は史跡巡りです。この地は、南部の武将九戸政実の城九戸城のあるところで・・・くわしい話はまぁいいや、まぁ熱い武将がいたんですよ、豊臣秀吉に死を賭けた喧嘩をしかけてね、6万の秀吉軍に5千の九戸軍で挑んでねぇ別に無謀とか馬鹿とかじゃなくただ尻尾を丸めて中央のいいなりになりたくないという、地方と中央の戦いです。最期は秀吉の謀略にはまり女子供も含め全員が惨殺されるという悲惨な結末だったんだけど、秀吉っつうのは損得勘定で考えるからなぁ嫌いだな・・。で、このお城は周りを山に囲まれ前には深い渓谷と広い川に囲まれたまさに自然の要塞です。その真ん中に立って地に埋もれたお御霊が永遠に鎮まるようにと祈ってきました。こういうところにくるとその状況が胸を打ち痛くなってきます。

 そのうちまた武将が来そうだな・・・合掌。

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2008年10月24日 (金)

心の在り方

 これからは、「精神性の時代」、「心の時代」だというようなことをよく聞くけど、んじゃ今まではどんな時代だったの?心が貧しくなってしまった物質の時代?たしかにそうかもしれないけど、なんとか便利な世の中に豊かな世の中にしようという”心”があって発展してきたわけだよね。

 昔のような心のふれあいがない?昔は良かった・・・でも昔のような生き方をやめたのもその人の心であり現代の生き方を選んだのもその人の心だよね、だからって「心の時代」だから物質的なことを極端に否定したりすることはないしね、急に心が貧しくなったわけでもないんじゃないだろうか、昔も今も大切なのは”ものの見方””心の在り方”じゃないだろうか。

 しかし今の世の中「心、精神性」が大切だと他人に説きながらお金をワッサワッサと稼いでる方がたもいるわけだしね~心ね~要注意です”心の在り方”。

 

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2008年10月22日 (水)

戦没者追悼式

 今日は午前中、一関市戦没者追悼式に出席してきました。というのも僕のおじいちゃんは戦時中シベリアで戦死しているからで、墓には戦友の方が持ち帰った小指しかはいってません。追悼式のなかで、シベリアでの過酷な状況がご遺族の方から語られましたが想像が出来ません。戦場はどこでも想像を絶する毎日だったのでしょう。

 今日ご出席なさったご遺族の方がたはもうみなさん70歳代は若い方、80歳をこえている方がたばかりで、50代60代はほとんどおらず40代の僕のみでしたが、この先10年内で果してこの追悼式は存続するのでしょうか。身近で戦争の悲惨さを伝える方がたがいなくなり、アメリカと戦争があったことさえ知らず、学校の図書から”はだしのゲン”が外され、そして一方的な「平和のため」という理由の意味のない戦争に加担することがあたりまえという法案がまかり通る今の現状には戦没者の方がたの御霊が静まる要因はまったくない状況だと思います。

 今日語られた 「世界の永久の平和、恒久の平和」が絵空事でなく現実となる様に、それは私たちの”心”がつくりだす世界でなければならないと思います。

 戦争は全人類の犯罪でしょ。

 

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2008年10月21日 (火)

あのお言葉に、

 なんとなく本棚にあった本を取り出し読んでみた。するとあの有名なお言葉が・・

十有五にして学に志し さ~んじゅぅ・・にして立ち 四十にして惑わず・・・

 いわずと知れた孔子の論語ですけど、昔なんとなく必読し、「そうだな、志が大事だな・・」などと思ってみたが、もちろん十代で学は志しておらず、さ~んじゅぅのときは確かに結婚し自分で店をもち子供も授かりってことは、ちょっと立ったんだな、んで、問題の、四十にして惑わず・・・いや惑い、迷い、瞑想いや迷走しっぱなしじゃないでしょうか四十代!僕なんかでさえ迷ってんだから、こんなご時世迷い惑ってるお父さん方たくさんいるはずですよね。なんとなくこの年代は社会のあり方にも疑問を持ち、今までの価値観を省みたりして、この先どんな人生を送っていくべきかを真剣に考える年代で、このままじゃいけないと思ってはみてもそのまま流されでも迷いはつきまとい・・・っていう感じなんでしょうね。んじゃぁ迷いましょう!おもいっきり、迷って迷って迷いぬいて、それでやっと魂の目が開くのかもしれないです。そこで五十での天命を知るということを迎えるのかもしれません、天命を知るというのはほんとうの自分のやるべきことに気づくことでしょうか、六十、七十は今のところ考えられませんね、あまり考えたくもないです正直なところ。

 でも、六十で耳に従うというのは六十で耳が遠くならないように気をつけましょうということもしくは人のいうことを聞くことができなくなるくらい脳みそが硬くなるから気をつけろってことでしょうね。たしかに・・・。

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2008年10月17日 (金)

日月ををしみ・・・

 日に日に周りの風景が秋色に深まってきました。黄金色の風が吹いていた田んぼもほぼ稲刈りが終わり寒々とした感じです。子供たちも学校から帰ってきて宿題をすませ、さぁ!遊びに行くぞとおもっても暗くなってしまってすぐ帰ってこなくちゃいけない季節・・・そんな一年の月日の移り変わりの速さに最近さらにとまどってしまいます。毎度毎度、いいのか?こんなんで!?なんかむだにしてないか?などと自問自答しながら、でもやはり子供たちを中心とした生活ではこの速さを止めることなんてできません。ただただ成長の一瞬一瞬を見のがさないようにして、それでいて自分たちの衰えには気づかない感じなんですね~。

   古聖先賢は日月ををしみ、光陰ををしむこと、眼ぜいよりもをしむ

 古から賢人聖人といわれる人たちは、月日を惜しみ、時間を惜しむことにとっても厳しく、自分の大切な瞳よりも惜しんだそうです。日々に巻き込まれその時その時に流されていくこと、日々をいたずらに過ごしていかないように気をつけなければと思いつつまた一日が過ぎていっちゃいますね。

 明日は2年に一度の幼稚園のお祭り、今年はハロウィンパーティーを企画しました。お母さんたちもみんな一生懸命準備してます。お父さんたちは”父ちゃんの屋台村”で焼きそばに焼き鳥、フランクフルトに芋のこ汁をつくります。子供たちのためならと言いつつ、実は自分たちが楽しいのよ。それにしても・・2年前にやったはずなのに、ついこの間やったような・・・ほんとに月日の移り変わりは速い・・。

 

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2008年10月14日 (火)

連休~

 よく晴れた連休でしたね~うちは横浜からカミさんの友人ナオちゃんが来ていたので毎晩カミさんとナオちゃんは酒盛りでした。

 日曜日は東和町の土澤に”アート&クラフトフリーマーケットを見に行きました。ちっちゃい商店街ですが県内外から集まったアーティストさんたちが道にテントをはって作品を売っていたり妙なものがあったりとなかなか楽しめましたが、僕と息子はあちこちに貼っているポスターに目を奪われっぱなし、それは近くの美術館でやってる”タツノコプロの世界展” タツノコプロといえば、マッハGOGOGO!、ケロッコデメタン、いなかっぺ大将にハクション大魔王、ガッチャマンに人造人間キャシャ―ン、タイムボカンシリーズと子どものころ創造力を育ててくれたいわば恩人たち!会場内にはもう心奪われてしまう原画、とくにガッチャマンにキャシャ―ンそしてマッハGOGOGO!その美しさと完成度と先を見る目に感動ものでした。小1の蓮太郎もはまってましたね、質問攻めでした。今まで夢中で書いていたマジンガ―Zから移りつつあるようで、親の影響がこんなところで強くていいんだろうか・・・僕が辿ってきた漫画遍歴を歩んでます。ってことはいずれ音楽にも興味を持ちROCK小僧になるってことだな、楽しみだね~。

 それにしても東和町近辺の波動ってのは他とはあきらかにちがいますね、それは歴史が物語ってることもあり、何かある土地なんでしょうね~なんせ天から直結だもの。

 で、翌日は平泉へ、ここはね~・・・。

 

 

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2008年10月10日 (金)

いよいよ!

 あしたは、まちにまったおらがまちのハロウィン・イベント、”夜市でハロウィン!”です。昨年は予想を上回る100人の子供たちが参加してくれました。今年はどれだけ集まってくれるか~10月にはいってすぐ自作のジャック行灯をかざり、年に一度箱から出されるお宝のパンプキン・ジャック(ナイトメアー・ビフォア・クリスマスのね、シリアルナンバー付よ)とロウソクを持ったキャスパーを治療院の窓際にかざり、学校帰りの子供たちの気持ちをあおってきたんでね、昨年以上に仮装に力はいってんじゃないでしょうか。今日は近くの英語塾の先生がいらっしゃって明日子供たちと外国人の先生たちもみんなで参加してくれるとのことでますます楽しみです。

 この企画はもちろんみんなでハロウィンを楽しむものものですが、それよりも子供たちの楽しいパワー!をパワーダウンしたおらがまちの大人たちに注入してほしいと思い企画しました。大人がつまんなさそうにしてたら子供たちが楽しいはずがないですからね。

 あしたの晩は、おばけや魔女に海賊たちが町を占領します。ふだんほんとのおばけや狐、ときには天狗なんかを相手にしてるんでそれにくらべたら気も楽ですが、餓鬼達がお菓子をねだりにくるわけでけっこうそれ以上に大変かもしれん・・・。

 このブログを読んだ皆様もぜひ参加しに来てね。

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2008年10月 8日 (水)

節目に行くところ。

自称晴れ男の僕ですが、そこに行くときだけは雨、かならず雨が降る、一年に一度しか行かないのに雨に濡れる。しかもそこを離れると晴れる。今回も前日はすこぶるいい天気だったのでまさかね、と思い天気予報を見るとその2日間は雨だった。長野に降りてバスに乗り換え30分そこから歩いて山を登り1時間、登っているあいだに気持ちがスーッと楽になってくるのがわかる。神社の境内にはいるとさらに異界の地であることを実感してしまうところ。毎年一度この時期にそのお社でお籠りをすることが年間行事になってもう5年になり自分にとって一年の節目にもなっています。

 一晩そこで自分と向き合う、といっても何するわけでもなく神様の前でごろごろしながら何も考えない、無になってしまう感じ、もちろん他に人もいないし(離れたところに宮司さんちがあるが他にこの山にすんでる人はいない)雨の音だけが心地いい感じです。

 ただ、祈ることはもちろんする。自分のためにではなくやはりみんなのため、苦しんでいる誰かのために祈る。そんなとき神様は直接言葉はかけてはくだされないが、フッと頭の中にひらめくことがある・・・そういえばなんだっけな?まぁほんとにひらめいたんだよね。

 世の中では信じられないような出来事がたくさんおきている。貧困に苦しみ、病に苦しみ、人の命を軽んじ、我良しの生活、神も仏も無いもんだろうかと感じてしまう事件、このまま人はどうなってしまうのかと感じる人もたくさんいるだろう。

 そんな時世、人は自らの神性、霊や神の存在に直接交流する方向を自らの選択で選ぶことができる。というよりしなければならない。そんな時が来たんじゃないだろうかと感じる。

 翌日は会津若松までお見舞いもかね仕事をしに行く。期待もあるが不安の方が大きい、ただ大切なのは肉体を治すことよりも魂に働きかけることです。

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2008年10月 3日 (金)

考える必要が、

 今日午前中にあるアパートの部屋を除霊、そして浄霊しに行きました。昨夜のうちにその部屋に留まっている霊を呼びうんぬんかんぬんと説得し、納得していただきました。おかげさんでスムーズに事は運び一安心です。何度もやってるけどそういう場所にはいると寒気はするし頭は痛くなるし、一緒に行った方も急に咳き込み気分が悪くなるということがおきました。本命の霊の霊波、エネルギーに引き寄せられ増幅した悪霊、魑魅魍魎もいたみたいです。

 今元気に生きているうちに、生きることとは、死ぬこととはどういうことなのか考える必要があります。それは死んでから悩まない為に必要なことです。死を考えることは何も縁起の悪いことでもなんでもない、死が不幸であれば生きているあなたたちは不幸に向ってまっしぐらに進んでることになります。どんな死であれ残された家族、友人、知人にとってその死が生きた教えにならなければいけません。そしてその人の人生と死にかかわれたのであればそれはあなたの生になり亡くなった方の生につながるものだ。

 と、霊媒師岩田さんを通して守護霊様に言われました。他にも重要なこと色々教えられたはずなんだけど、忘れちゃいました・・。僕は仕事柄自分の肉親以外で患者さんの死に向き合うこともある。それは否応無く死とは何かをそしてそれが終わりでないことを実感させられる体験です。

 日曜日は、年に一度自分をクリアーにする為に、長野県某所にお籠りに行きます。そして翌日は、向き合うために会津若松へ向います。

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