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2008年12月22日 (月)

冬至

 冬至を向え、うちの子と近所の子供たちと一緒に夕方からキャンドルを商店街に燈した。キャンドルは、このへんのおばさまたちが集まって以前から作っていた”夢灯り”という粘土細工の筒に入れる。筒に施されたいろんな形の穴から灯りが洩れ、数十個単位で置かれているのでなんとも幻想的です。ふだんの日曜なら人も歩かず寂しい商店街ですが、たまたま散歩してた親子が写真を撮ったり、おばあちゃんが眺めに来たりと、まぁちょっとは町に灯が燈せた感じです。でも子供たちの心に楽しい思い出として灯が燈せたのであればそれが一番幸せなこと、来年もやりたいと言ってくれてます。

 夕飯にはかぼちゃを食べ、お風呂は柚子湯でした。昔から伝わってきたこれらの風習、そのなかには自然に寄り添いながら生きてきた人間の智慧が凝縮されているんでしょうね。お風呂で柚子の香りを楽しんでたら、娘(小3)は息子(小1)の股間めがけて柚子を投げつけて遊んでました・・・。ビールを飲んでいい気分のカミさんも湯船に浮いてる柚子に柚子を投げつけ、「ちっ、あたんね~なぁ・・」と意味不明な行動、とても風情のある冬至の夜ですわ。

 今の自分には運が無いとか、こんな病気をしてるから運が悪いとか、自分で不幸を探すようなことはとてもばかばかしい行為でありやめるべきことです。今こうしてこの時代に生を受けたのも何かの御縁、きっとそこでやり遂げなければならないことがあるんじゃないでしょうか。今こうしてここにいること、家族があること、生きていること、普通の生活があること、それだけでもじゅうぶんに運があるということです。

 冬至を迎えたことで少しずつ日も長くなってきます。とは言っても冬本番はこれから、長く耐え忍ぶ季節です。でもその後、雪は溶けるし、陽もあたり、芽も吹き出すことが季節の習い、おんなじようにこれからの時代、新しい芽がでるためのひとつの時節だと思います。運が悪いのではなく、運は自分で切り開くもの、その運をどう使いどのように生かしていくのか、誰のために使うのか、それが試される大きな転機のような気がします。光を燈すも消すも自分次第ですよね。

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