« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月29日 (水)

夏本番、

 子供たちの夏休みに入りすぐの行事がオラが町の夏祭り、各自治会ごとに山車をつくって練り歩きました。僕は今年も幼稚園父母の会の会長さんですので幼稚園チームとしての参加でしたが、自治会の青年部通称ニコニコ会の部長でもあるので両方をうまく両立させるという、これもまたたいへんな労力を費やしました。でも終わってみればまた楽しい思い出でしたねぇ、連日の打ち上げもまた楽しかったです。

 と、まるでもう夏の行事が終わってしまったかのような体力の消耗・・・ところがもう朝は6時前の起床で子供たちと向うのは剣道の朝稽古、たっぷり汗を絞り出してます。おかげで今は久々の気持ちいい筋肉痛とだるさ、さらに夕べはソフトボールの試合があり三打数三安打で走りまくったのでなんとも心地いい疲れです・・ってまるで仕事できんのか?やる気あんの?と思われがちですが、こういう状態の時こそいい仕事ができます・・ほんとです。まかしといてください。

 まだまだこれからが夏本番!夏だからこそいい汗かきましょう!夏は人間で言えば成人の季節と言われるそうです。よく動き、よく食べ、よく遊べばそれ自体が健康法ってことですね、この夏の予定、やりたいことがありすぎんな~東北の夏は短すぎるねぇ、まったく。

| | コメント (0)

2009年7月21日 (火)

問題があればこそ、

 うちの長女のみーちゃん(小4)はちっちゃいときからアトピーをもっている。全身にというわけではないので、それほど深刻なほどではなかったが、やはり目の周りやひじやひざに出てきていて夜寝ながらぼりぼりとかいていました。治療はやはり病院ですすめられるステロイド剤でよくないこととはわかっていながらすぐに治まることで使用してました。さすが魔法の薬といわれるだけあり効果はありますが、それは対症療法であることももちろんわかっていて、「さ~どうすべな~」と考えながらも手を打たずにいました。が、ここにきてステロイでは一切やめることにしました。とうぜんアトピーも悪化、かわいそうではあるけれど根本から治療をすることにしました。それはもちろん病院での治療ではありません、民間療法です。いろんなことを試しながら効果をまちます。何が効くかははっきりとはわからないし試した人それぞれに効果は色々だと思います。でもわかったことは、アトピーは先天的なものであり、霊的意味も含まれていること、そして問題があるということはそれに本気で取り組まなければならないこと、それは家族みんなで取り組むことです。おかげで、うちは食生活をはじめ色んなことを変えることになりました。何が良くて何が悪いのか、言い出したらきりがありませんが、最低限必要なことはなにか、そしてものの見方がまた違った角度から見ることができます。うちのカミさんも凝り性なので毎日試行錯誤の連続です。

 もし何もなければ食生活をはじめいろんなことにあまり気をつけずに元気であればいいんじゃない程度のことだったかもしれませんが、そこはやはり課題が与えられました。治療師をやってる以上取り組まなければいけないですね。

 

 問題があればこそ本気で取り組み解決していく。解決しなければならない問題もなく、挑んでいく闘争もなく、征服すべき困難がもしなければどうだろう、魂の奥に秘められた神性も霊性も発揮できるチャンスなんて無いんじゃないだろうか、悲しみも苦しみも神性霊性の発達のためにあるのだと思います。

 お肌のためのグッズ、今家族ではまってるのはメルシー・ダック、お風呂に浮かぶ愛らしい姿がなんとも言えません。効果があるかどうかはまた別ですが・・・んでもいい感じよ。

| | コメント (0)

2009年7月15日 (水)

子供たちの目を見て・・

 なんとか問題を起こさず幸福に過ごしたい、うちの子だけは問題児にならずによく勉強してスポーツをしていい学校に行ってそして幸福になって欲しい・・というのがまぁ普通の思いなんすね、そりゃそう思います。でも、問題児っつうのはいったいなんでしょうとふと考えてしまった。問題を抱えるというのは、これから生きていくために必要な大事な課題を抱えるということじゃなかろか・・もしかしたらその子たちは心の中の動きそして社会の動きに対してとても敏感であり、その目は「確かな目」なのじゃないだろうか。

 時々自分の子の目や、学校へ登校していく子供たちと挨拶を交わしながらその澄んだ目を見る。「まちがってはいないな・・」ふとそう思ってしまう。

 私たちは、ほんとうに子供の幸福を願うのなら、子ども自身のこのまちがいではない「目」をもっと信頼していいんじゃないだろうか、世間の目から見た幸福に押し込めるのではなく、子供たちが持ってきたみんなを幸福にできる力、それはみんなそれぞれが様々な方法で表現していくはずである。

 世間の目から見た規格品の幸福にとらわれだすと親は不安になってくる。だいたい生身の人間を規格なんてものに押し込め、あてはめられはずがないのだから。私たち親はもっと子供にも”自分自身にも”自信を持って生きる努力をする必要があるんじゃないだろうか。

 

 

| | コメント (0)

2009年7月 8日 (水)

蒼の時間

 6,7年前から僕のヒーリングを受けていた女性がいた。横浜にいるときは月に1度ほど、岩手に越してきてからも数ヶ月に1度東京からわざわざ来てくれていた。その方は末期のガンだったがわりと元気で、うちに来るのをいつも楽しみにしてくれていました。あの大地震の時もうちに滞在していて「こんな体験もうできないわね、いい思い出になったわ」と、話していたことを思い出します。

 最後に会ったのは昨年の10月、年に1度の長野でのお籠りをした帰りに入院先の会津若松の病院へお見舞に立ち寄った。もうベッドから自力では起き上がれない状態だったが、手を握ると不思議なことにすうっと起き上がることができ満面の笑顔で喜んでいた。「大丈夫だから、心配しないでゆっくりね、」と言うと、うなずきながら「でも、もう行きたいんだ・・」と言っていた。そして11月8日お亡くなりになったことを知らされた。

 先日家族で岩井崎の海岸に磯遊びにでかけた。途中電話が鳴り出るとその女性のご主人、「今一ノ関まで来てます。お会いしたいんで今から行きます。」と、東京から奥さんのご実家の会津若松経由で車を飛ばしてきた。今千厩からまた30分かかるところにいることを告げたがそれでも行きますよと、1時間後海で遊んでる間に到着し久しぶりの再会、まさかこんなところで会うとは思いもしないが、僕とカミさんとご主人と海と空と磯で遊んでる子どもたちを眺めながらなにを話すでもなくなんとなくそれまでの思い出を語っていました。20分もたたない時間で、「じゃあ行きます。お会いできて良かった。もし彼女が先生のところに降りてきてなにか話すようなことがあったら教えてくださいね。」と言ってご主人は東京へと帰っていきました。

 

 海の青と空の青でおおいつくされたような”青の時間”を故人を偲びながら過ごした。そしてまた”蒼の時間”というのもある。それは昼の青さから夜の蒼さへ夜の蒼さから朝の藍さへと変る時間のこと、その狭間、今生からあの世へとそのまたあの世へとかわるような色、きっと彼女もあの蒼へと還っていったような気がしました。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2009年7月 7日 (火)

牡丹日記

 あぁっづいわね~っもぅ早くも夏ばてだわよ~こんちわ~あたし牡丹です。朝からもう散歩行きたくないのよあたし・・もぅ歳も歳だしさ、んでもうちのママちゃんと宮本さんちの奥さんったら三日坊主のくせして毎晩歩いてんのよね~いつまでもつかしらね、どうせ終わってからの一杯でグビッとル~ビ~いくかとおもいきやそれもなし・・・飲まないなんて変だわどっか身体悪いんじゃないかしら。

 朝、ひーひーいいながら坂道をタコ坊主に引っ張られて歩いてると、道端に飛べなくてバタバタもがいてるスズメがいるじゃないの、思わず本能で飛びつこうとしたらタコ坊主におもいっきりおしり蹴飛ばされちゃったわよ!むかつくわね!しょうがないじゃないのよぅ、あたし犬なんだから、で、そのスズメちゃんきっと車にぶつかっちゃったのね、羽も広げられないし、歩くこともできない、ほっとけば猫やからすのエサになるか、虫にたかられちゃうのがおちよね、どおすんのかな~って見てるとタコ坊主ったらスズメちゃん拾い上げて手のひらに乗せてなでなでしてんのよ、おっ!もしかして元気になっちゃったりして・・映画みたいだわ、と見てると、あら~っスズメちゃんきっもちよさそうに目を閉じて、ご臨終・・苦しまなかったのねきっと。

 その後タコ坊主はスズメちゃんを山のほうに向って高く遠くへ投げたのよ、あたし見ちゃったわその瞬間、身体からスズメちゃんがぬけだして元気に空に飛んでいったのよ~感動だわよ、よかったわ~。

 ところで・・あたしがご臨終の時はタコ坊主どうしてくれんのかしら・・ま、まさかお散歩コース引き回し!?

 

| | コメント (0)

2009年7月 6日 (月)

仁太坊伝説

 仕事を終えて今日のライブの会場へ入ると、なんだか異様な雰囲気・・・汗を流しながら準備をしていた会場責任者の佐藤くんは、「いや~周平さん・・今日はオレ・・事務所で具合の悪くなったお客さんの対応しますからね、いや~大変だこりゃ・・」 角蔵の及川さんは、「いっや~周平く~ん津軽三味線のライブは毎回こうなるの?」

 仕事中に何度か電話をもらい対応の仕方を聞かれてはいたが、「なるようになるでしょ~とりあえずよけいなもんが入り込まないように入り口に塩でももっておいて」と言ってはみたが、その時会場では、プロジェクターの電源がとび使用不能、三味線の弦は切れまくりだったそうだ。PA担当の方は、「おれ・・そういうの見たことないし、感じたこともないんだけど、みんなでステージに向って手を合わせて目をつぶった時、たしかに見えたよ・・もやもやしたものが・・・」 「ヘッドフォンして音をひろってるときさ~なんだか無いはずの音があるんだよね~ステージの上で何かが渦巻いてるんだよ・・」ともう1人のPAさん。

 午前中、津軽三味線奏者黒澤先生がヒーリングを受けに来たときはすでに満身創痍、肩で息をしてる状態で、「今日はなんかありますよ・・・」と、実はその日行う演目「仁太坊伝説」はめったにやらないそうだが、「やるならそれが聞きたい!」と数ヶ月前リクエストをしてしまった。仁太坊とは青森県北津軽郡金木町に生まれた坊様(ぼさま)津軽三味線の始祖といわれる人で、「仁太坊伝説」とはその仁太坊の生涯と津軽三味線の歴史をおりまぜながらの弾き語りである。黒澤先生はその仁太坊を愛し、津軽に通い、全国大会3連覇最高位仁太坊賞をとった。その津軽から坊様達が聞きに来てるんだろうか、「半端な演奏すなよ・・じっくり聞かせてもらうよ・・」とでも言ってるように感じる。

 会場はありがたいことに満席となり、最初から引き込まれそうな演奏、というより何かがのり移ったように1時間半弾きまくり謡った。ステージにはさちこさんの素晴らしい花と緑の装飾が飾られ爽やかに演出がなされていました。

 こればかりは、表現できないな~とにかく津軽に行きたくなった。津軽三味線これは、よくテレビで聞くような類のもんじゃないな・・鎮魂だな・・すごいな・・ほんとに降りてきた。

 次回どこかでまた「仁太坊伝説」やるときはついていこうかな、先生のフォローも必要だし・・先生ならびに黒澤会の方がたにも「是非!」と言われたし、言われなくとも行ってみたくなった。鎮魂だもんね。

 翌日治療を受けにきた黒澤先生、「今度はここでやろうよ」ということになりました。楽しみです。

 うちは、治療院なんだけど・・ライブハウスでもありますね~もちろん鎮魂のためのね。

| | コメント (1)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »