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2011年12月31日 (土)

牡丹日記

 こんにちは、あたしタコ坊主んちの柴犬牡丹です。今日は朝からいい天気、タコ坊主おこして散歩へ、あまりの気持ちよさにお日様と遊んじゃったわよ、2011年最後の生き生きしたお日様エネルギーをたっぷりと浴びてこころもからだもぽっかぽかよ!

 

 2011年、今年はたいへんなことがあったわね・・・

 この大災害により犠牲になられお亡くなりになられた御霊に心より手を合わせそしてご遺族の心の痛みがすこしでもはやく癒されますことを心よりお祈り申し上げます。まだまだ先が見えない状態が続いていると思いますが、私たちの決意、意欲、努力こそが、私たちの人生に決定的な影響を与えるはずです。一歩一歩歩んで行きたいです。

 今年一年うちのタコ坊主をおささえくださいまして、そしてたくさんのご縁をいただきましたこと心より感謝申し上げます。ありがとうございます。そして来るべき2012年がみなさまにとりまして最善最良となりますよう心より御祈念申し上げます。タコ坊主がもっともっと働いて美味しいご飯をあたしにくれますようにと・・・。

 では、よいお年をお迎えください。

                               

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2011年12月29日 (木)

老人ホームにて、

 今年最後の老人ホームでの出張ヒーリング、みなさん口々に「こどしもおわりだねぇ~はやいね~」と、「この寒さ乗り切ったらまたすぐ花が咲くよ、もひと花咲かせてみる?」と言うとにっこりと可愛らしい笑顔で答えてくれた。

 久しぶりにのぞいたお部屋のばあちゃんは、不自由でない方の手で手招き、側に行く、歯がないので何言ってるのかさっぱりわからんが、楽しそうに昔の話を聞かせてくれてるようだ、でもその目にはもう光が乏しかった。手をさすりながら昔話をうんうんと聞く、楽しそうに話し続けるしわの刻まれたお顔、また来年会おうねと側を離れたがなんとなく胸が痛い。

 

 ”みんな自分の生を一生懸命生き、死ぬ時期が来たら死んでいく、人間はみんな生まれた瞬間から死を約束されている存在なのだから、自分らしく生きればいい、自分が思ったとおりに精一杯わくわくすることで生きればいい。”

 今年一年もかつてのべっぴんさん方に(今も・・)大変お世話にそしてお勉強させていただきました。ありがとうございました。

 

                                         

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2011年12月25日 (日)

聖夜

 愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。

 永遠なる言葉ですね。

 今宵みんなが幸福でありますように。

 メリー・クリスマス!

                                

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2011年12月24日 (土)

光に身を浸す。

 「おふたりで朝日を浴びにいらっしゃいよ。」と、お誘いを受けてたので日が昇る前のさっぶ~い朝に家を出て愛犬牡丹とカミさんと歩いて精霊の地へ、人口的な物音は無く、木々が風で触れあう音、鳥たちのさえずり、牡丹が元気に野原を駆け回る音、その世界に二人でしばらく身を浸してると・・昇ってきました・・・いつもながらみごとな太陽光線のショー、「うわっ、木々のオーラが見える!」とカミさん、すべてのものを照らし、そのエネルギーはすべてのものに命をあたえそして育んでくれます。手を合わせ日拝をすると眉間から日の光が入ってきてからだが内側からあったかくなってくるのがわかる。エネルギー充電完了です。

 今日はクリスマス・イブ、サンタさんを心から信じる世界中の子供たち、信じてない子も・・にとって、うちの子たちも~信じてますが・・平和な世の中、最善最良となる世界へと進みますようにと祈るばかりです。

 フランスの弟からこんなのが届いた。http://www.youtube.com/watch?v=Rb41M5x5isU

”依正不二”ですね。

 今朝いただいたエネルギー、本日の仕事、窓拭きに使わせていただきます・・大掃除だね。

               

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2011年12月23日 (金)

その道は、

 剣道の稽古納め、気合を込めて休みなしの2時間たっぷりと振り絞りました。今年も一年けがも無く体調も崩さずできたこと心から感謝しながらの黙想で終了、ますます精進しそしてその道で進歩したくなりました。

 一年を振り返ればこれほどたくさんのつらいこと、悲しいこと、そして楽しいこと、考え想うことの多い年はなかったかもしれませんね、ここでその想いにピリオドを打つのではなくこれからさらに想いを広げ自分のすべき行動をしていかなくてはならないと思います。

 

 生きてれば危機的状況と言えることが大なり小なり誰にでも訪れますよね、「な~んでこんなことが自分の身に、家族に・・」と、”危機” とは、”危険” と ”機会” の組み合わせで出来ています。私たちはなんでも一大決心してその道を進むわけではないと思います。病気や何か自分に起きる危機的状況がその道に進むための道しるべとなるのだと思います。危機とは、そこに気づくことで私たちが生きる豊かさを得るための”道”に進むための大切なものと考えたいですね。

 

 ”道”とは人に神が満ちること、”道”とは「生命の法則」なのかもしれません。

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2011年12月20日 (火)

今日は、

 実は何度も今日の日記を書いてるんだけど、内容がつらいことで書いてる途中突然消去されちゃったり(たまにある)・・次に書いた内容もなんだか気持ちよくなかったり・・今日はなんでしょ。

 でもね、”逆縁” はよくないね、悲しいことだよ、それも自ら命を絶つ行為はだめだよ。居場所がない?居場所は自分でつくるものだよ、だれもそんな場所は用意してはくれないよ、荷が重い?神様はあんたに背負えきれるだけの荷物しか与えないはずだ、自分から荷を捨ててはだめなんだよ。今さら悔やんでももう遅いよ、残念ながら楽にはなれない、永き時間をかけ反省してください。

 外は道路工事で騒々しいし、これから子供たちのために美味しいカレー作りに着手します。

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2011年12月19日 (月)

そこで伝えられたこと、

 モノに対する執着、自分の思い通りにならないがためにその相手に対する執着、執着心ほど厄介なものはない、そしてその中でももっとも厄介なのは、怒りの矛先にある執着心であると感じる。怒り、そこからは何も生まれない、生まれるのは行き場のない不安と不信感そして憎しみである。

 どんなときでも青空があり、日が射し命を育み、花はわたしたちに感じてほしいと咲き、木々はいつも私たちに問いかけてくれている。ちょっと耳をかたむけ、そして自分の心に問いかけてみてはどうだろうか、木々の話はとても優しい・・・和ませてくれる・・・そして私たちとおんなじ魂を感じます。執着する心を絶ち、信じ愛する心がすべての命を活かします。自分の幸せは人の幸せがあってこそ、まずはすべてが幸せであること最善最良へと向かうことを望みましょう。

 もしもこのまま怒りの執着心から脱することが出来なければ? それは、生きたままの屍となるかもしれませんよ。 

 そう伝えられた。

              

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2011年12月13日 (火)

健康法は、

 からだは、使えば疲労します。こころも使いすぎれば磨り減ってしまいます。疲れちゃったな・・と感じたら休息と栄養が必要です。そして日々のメンテナンスはかかせないようにすることが大切ですね、あなたの手入れ次第で美しさと豊かさを増していくことができるということを自覚することが大切です。

 僕の健康法は、太陽の陽射しを浴びながら朝の散歩(6キロほど)と水(水素水)、野菜ジュースまたは紫蘇ジュース、食事はしっかり楽しくとること、剣道の稽古は週2,3回、素振り一日300回以上、快食、快眠、快便、っと・・けっこう頑張ってるな~で、今を維持してますね。

 そしてこころの栄養には、いい音楽が必要ですね、今朝はスーザン・オズボーンの”All Through The Night” を聴きながらのお茶、染み渡ります。スーザンは4年ほど前にうちに数日滞在し東北ツアーをしてましたが、ヒーリングの女王と呼ばれるあの美しい声とはうらはらに毒の効いたおしゃべりで毎晩みんなで腹を抱えて笑い転げてました。陸前高田でもコンサートをしましたが、美しい海を背景に即興で歌ったこと、今でも鮮明に憶えています。

 http://www.youtube.com/watch?v=xpePpEjWI9w&feature=BFa&list=AVGxdCwVVULXctdtiIXEAJwvOMiycSJLWY&lf=list_related

              

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2011年12月12日 (月)

牡丹日記

 みなさんこんにちは~あたし柴犬の牡丹です。今年もあとわずかね~県南に住んでるとはいえさすがに身にしみる寒さになってきたわね、散歩から帰ってからタコさんがあたしんちに断熱材を入れてくれたわ、ダンボールで・・・これがけっこうあったかいのよ、でもそれって都会の公園でよくみかけるわよね・・。

 散歩に出かけていつもの原っぱを駆け回る、お空と大地のあいだにある大きな空間を感じるわね、その空間では人間だから特別、犬だから、なんて区別はないわけよね、その空間の中でそれぞれがそれぞれにふさわしいお役目を担って、繋がりあってるのよね、タコさんのような人それぞれ、あたしのような犬それぞれ、この竹やぶのように鳥たちの憩いの場であったり寒さをしのぐ場であったりね、草でも木でも、草木でなければならない御用があるのよ、だから生きている、そのお役目自分のお役目を精一杯生きていけばいいと思うわ。

 さあ12月もめいいっぱい頑張りましょうね! え?なぜタコ坊主のことを今日はタコさんってよんでるのかって?それは夕べお肉いただいたからよ、明日からはまたこのクソタコ坊主ってよぶわよ、ほほほ。

 

            

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2011年12月 9日 (金)

経験こそ、

 「経験に勝るものはありませんよ、つらくて大変な経験を乗り越えてこそ人の役に立つことができるんですよ。」 そう告げられた。

 ”苦労は買ってでもしろ。”と、昔からいわれるようにその経験をしなければそのありがたみも意義も見出せない、その時はなぜこんなことが・・と感じるだろうけど、きっと神様はその人の背中に背負えるだけの荷物を背負わしてくれる、ただ、その人の背中の大きさに見合った分だけしか背負わせてはくれないはず、だから今抱えている困難という荷があるのならその荷を背負っていくことが旅する魂の本来の姿なのだと思う。それはもちろん楽な道でないことはわかりますが、”宝”はそうやすやすとは手に入りませんよね、もし楽に手に入るのなら、思えば叶う世界がくるなどという安易な話を信じているのなら、私たちがこの世に生を受けた意味さえも無くなってしまうでしょうね。

 お日様の照るなかを安穏と過ごしてばかりいたのではわからないことがある。黒い雲が立ち込め目の前に嵐が来たときにこそ私たちの魂が奮い立ち目を覚ますはずです。

 経験しようじゃないの!

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2011年12月 7日 (水)

祈りの効用、

 毎朝の日課は”祈り”です。自宅の神棚の御守護神様、仏壇のご先祖様、庭の御水神様御眷属さん方に日々のたくさんのご縁への感謝、そして職場の神棚にはうちにいらっしゃってる患者様方の健康を祈る。そ~してお茶の時間・・・とこの日記を綴ります。昨夜あらたに遠隔ヒーリングの依頼を受けたので、その方をふくめ数件の遠隔を朝から別に行いました。すでに効果の出ている方、結果の出た方へはその後の確認のため、現在治療中の方にはすこしでも元気が出るようにと祈り、これからはじめる方にはまずは病院での治療ふくめすべてが最善最良へと進んでいくようにと祈ります。

 さて、ほんとうに効果が出るのか・・というのが疑問だとは思いますが、やってる本人もやってみなければわからないというのが本音、しかし、祈りの効用というのはたしかにあります。それは祈ってみなければわからないこと祈り続けなければわからないこと、その祈りがどこに通じて誰が病を傷を癒すのか・・・まさに、「其れが起こることを信じなければ、其れを経験するチャンスはない。」ということにつきると思います。

 

 祈りも様々です。自分のための祈り、これはご利益信心ね、僕もしますよもちろん・・ああなったらいいなこれほしいなとかね、でもきっと神様は「そんな願い叶えてもおめぇのためにはならんよ。」って言うでしょうけどね、そして人のためへの祈り、暗闇に光を求める必死の祈り、万物の背後に控える霊性との融合を求める祈り、魂の内省のある祈りには神様がかならず感応するみたい、でもそんなことも無視してただただ「御心のままにならしめたまえ。」これでいいのかもしれませんけどね。

 

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2011年12月 5日 (月)

生涯を通すこと、

 昨日は、一関市民剣道大会に出場、個人戦は俺2回戦負け、団体戦は3位、うちの先生6段以上の部で3位、女子は一緒に稽古してる若手警官!が優勝、男子もマルモリの先生準優勝と、結果もよしよし、楽しかった大会でした。僕も3年のキャリアで他先生方から一本を取ってきたのでよしと、でも昨日より今日、今日より明日が上達するよう稽古に励みます。それにしても、教えられたとおりに正しいことをすれば成ります。そしてそこから創意工夫、また鍛錬を積む、その繰り返しがこの先ずっと続くわけですね、剣道は生涯が修行であり現役といういわれですね。先輩である子供たちにも「パパ、よかったよ、上手くなったね、」とお褒めの言葉をいただき感激です。カミさんや友達からは、「見た目やばいからね」と・・。

 

 どんなことでもそうですが急な上達はない、日々の積み重ねが重なり、また積み重なり、時に崩れたり、また重ねていき、ふと気づくと一段上に上がり、またゆるやかに上にあがり・・この仕事もそんな感じの繰り返しで10年になろうとしています。でもまだまだ満足できるものではないしさらに進歩していくはずと感じています。この仕事も生涯が修行であり現役でなくてはならないですね、では修行とはどんなことをすればよいのか、毎日朝には新たな命を吹き込まれることに感謝し、今日一日を懸命にすること、夜には命をお返しし、また新たな命をいただけるよう感謝する。普段の生活、営みこそが神様からいただいた最大の修行ですよね。

 試合の後は稽古会が行われた。ふだんできない有段の先生方に稽古をつけていただいた。年齢が70代近いであろう先生にもその”間合い”にはとうてい入ることができません、入ったかと思うとかんたんにいなされてしまう・・奥が深すぎます。やはり死ぬまで生涯を通して現役であり続けることですね。

12月10日(土)盛久ギャラリー AM10:00~  と   PM7:30~   空きができました。

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2011年12月 2日 (金)

愛宕剣道日記

 明日の試合に向けて今週は3回の稽古を行いました。おかげで身体は調子いいしよく動く、なんでもそうだけど基本稽古を徹底的にすることが大切です。45歳ともなれば若い子のような瞬きする間もないほどの動きはできませんが、大事なのは、

     ”事の起こりを見逃さずに 的確に動くこと”

 ふだんの生活の中、どんなことにでもあてはまる言葉です。剣道を通して感じるのは、これもやはり、ふだんの生活の中での生き方、在り方、が問われるということ、子供たちに剣道をさせているのもこの考え方がいずれ大人になってから活かされると確信しているからです。礼に始まり礼に終わり、自分より歳が下であろうと、先輩、先生であれば、頭を下げて教えを請う姿勢そして感謝の気持ち、これは祖霊に対しても通じる気持ちです。

 心、身体、魂 が鍛えられたとき、人間の生命力は最大の力を発します。”生命力とは地球上で最も理解されていない力” と言われますが、日々の鍛錬を積むことで私たちは奥に潜む力を発揮することができるかもしれません。そして日々の鍛錬とは毎日を充実して過ごすことに他ありませんね。

 我が愛宕剣道クラブの先生が先日、東京の武道館で行われた昇段審査に合格、みごと七段を取得されました(900人受けて90人くらいしか受かりません)。42歳での七段、スピード昇段とおもいきややはり何度も何度も落とされての挑戦でした。足も稽古のしすぎで疲労骨折してるのに一切指導を休まず、自分の稽古もせず子供たちに教えてきました。審査中も、「今回も無理か・・」と思ったそうだが、みごと合格、合格した瞬間「子供たちに合格させてもらった・・」と感じたそうです。そう、毎日子供たちに稽古で見せる姿勢は基本、基本、基本、その基本の姿勢こそが大切だということです。次、八段審査の資格を得るには10年の研鑽修行を要します。今度はさらに狭き門、僕もあと10年20年・・足腰が弱くなったら心を働かせ、身体が弱くなったら心も動かさず・・・めざして鍛錬を積みたいですね、生命力を存分に発揮してね。

               

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