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2013年11月29日 (金)

思い出

 ブログの内容はだいたいいつも朝の散歩のときに頭に浮かんでくることを書いています。今朝は久しぶりに数年前に他界した長野のヒーラー生島先生のことを思い出した。この先生の話は凄まじいものが多く、ほんとかよ?!と思うものがほとんど、インドで修行してたときの話などまるでSFとオカルトの混ざった話で、「うそでしょ?」とたずねるといつも「フッフッフ・・ほんとだよ~」と、しかしその不可思議なことをいとも簡単にやってしまったのを実際に見て信じざるおえなくなる。当時経験不足の僕には手に負えない依頼をお願いしわざわざ長野から出てきていただき駅で会うなり、「ほんとに周平君はいつも厄介な話ばっかり僕にくれるね~」と笑いながら言ったあの顔が今も鮮明に思い出されます。

 

 生島先生は末期のガンでした。たまに横浜から東京に呼び出され元気そうな顔で「病院行ったら末期のガンって言われてさ、まったくどこも痛くもなんとも無いんだけどね、」と、その日はインドから来たある聖者のダルシャンを受けに行こうと誘われ、なんだかわからず付いていった。たくさんの人で会場は埋め尽くされていたがそのインドの聖者さんの傍らに日本人らしき人が僧侶の様相で座っていて、その人は、私はこの方の側にいることで安らぎを得た・・心の自由を得た。なんとかかんとか・・と言っていて観客もさもうらやましそうな顔をしていたが僕にはいまひとつピンとこない節があった。

 

 帰りの電車の中で生島先生は、「あの側にいた男、自由を得たとか言ってるがおかしいよな。」と、そしてこんなことを、「山に入って滝に打たれて人と接することをこばんで自由や悟りを得たとか力を得たなんて言ってる人たちがいるが、そんなことでは何も得ることはできないよ、人は人としての義務を果たさなければならない、自由には様々なしがらみや義務や制限があるものだ。それを果たすためにはふだんの生活の中でしっかりとすべきことをしなければならない、それが人としての最良の修行なんだよ。」と・・・わりと晩年は普通のことをおっしゃいなさったな~家族を置いてインドにばっかり言ってたくせに、最後に話したのは僕が岩手に戻ってから、ある日電話がかかってきて「今、青森の恐山にいるよ。」と、いったい何をしてたんだか、不思議な人っているもんだわ。またいろいろ話を聞きたいなぁ・・・と思ったがそう言えば死んじまってこの世にいないんだった。

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