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2015年1月13日 (火)

庭の木

 いつもだと写真を掲載してブログをぽちぽちと書いてるところなのだが、機種を新型にしたらできなくなってしまった・・・何度やってもだめ・・いろんな操作をするのがめんどくさいのでそのままの状態のままです。そのうちカミさんに操作してもらおうと思っています。カミさんがやるとなぜかすぐできてしまう・・なぜだろう。

 

 毎朝神棚とお仏壇に手を合わせ一日をはじめます。手を合わせるという行為はあの世とそして神の世との架け橋となる・・と思っています。今朝も仏壇の祖母と父母の三人が写っている写真に語りかける。三人の後ろには庭の真ん中にある美しい松の木がある。庭で写真を撮るときは必然的に入る。そのまま小さくすればみごとな盆栽になるような形の松の木。祖父と祖母が結婚した時の写真にも、そして祖父が出征した時にも、父と母の写真にも、私たちが子供のとき、みんなで集まって写した思い出、うれしいとき悲しいとき、いろんな思い出の写真にその松の木は一緒に写っている。様々な過去、歴史を見て感じてきたのだろうと思うととても愛しい存在であり、この”旅をする木” そしてうちの庭は私たち家族にとっての聖地であるに違いないと感じます。

 以前読んでいた本を思い出し、その一部を読み返した。

 

 ”私たちには、時間という壁が消えて軌跡が現われる神聖な場所が必用だ。今朝の新聞に何が載っていたか、友達はだれなのか、だれに借りがありだれに貸しがあるのか、そんなことを一切忘れるような空間、ないしは、一日のうちのひとときがなくてはならない、本来の自分、自分の将来の姿を純粋に経験し、引き出すことのできる場所だ。これは創造的な孵化場だ。はじめは何もおこりそうにないが、もし自分の聖なる場所をもっていてそれを使うならいつか何かが起こるだろう。人は聖地を創りだすことによって、動植物を神話化することによって、その土地を自分のものにする。つまり、自分の住んでる土地を霊的な意味の深い場所に変えるのだ。”

 ご先祖さんたちとの歴史、そして今私たち家族との歴史を創りあげている庭の木々や土は実はそのまま私たちである・・・。だから愛犬牡丹ちゃんよ、そこで粗相しないでね。

 

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