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2022年9月29日 (木)

最近思うこと、

 最近、近隣でお亡くなりになる方が続いた。地域振興の一躍を担った方、大正生まれでつい最近まで元気に一人暮らしをされていて、議員の経験もあることから様々なご指導をいただいていた。まるでピラミッドの頂点を失ったようだ。でも大往生、満足そうなお顔をお通夜で拝ませていただいた。

 なき人の為にとつとむ追善は 生ける我が身の教えなりける

 とある。

 故郷のため国のために命を尽くした人のためにその思い出を語り合う、そのなかにハッ…と腑に落ちる何かがあるはずだ。罵倒を繰り返す世の輩には決して明るい未来などない。

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2022年9月26日 (月)

大切な時間を、

 3人の子どもたちも親元を離れそれぞれに楽しく頑張ってる。長女は今年から横浜市の看護師、長男は理学療法士になるため大学で猛勉中、次女は中高校時代の剣道漬けの毎日から解放され美容専門学校に通いながらチャラチャラして楽しそう。みんな目標を持って頑張ってるんだと思う…たぶん。

 さて、現在我が家は夫婦2人と犬いっぴきの生活、まだまだかかるものは続くが、部活追っかけ生活もむかしの話、休みの日の過ごし方がもはや老夫婦に向かってることに気づく。昨日は天気もいいので宮城の温泉へ、知らない道をドライブするのが好きなので苦にはならない。ちょっと朽ちた温泉街を散歩したりして過ごした。

 あと何年、一緒に健康で楽しく過ごせるか…あとどのくらい一緒にいろんなところに出かけることができるのか…子育てがひと段落つき、これから孫たちと一緒に、というところで病に命をうばわれた母のことをいつも思いだす。どんな状況であれ一緒に過ごした時間というのは貴重であり今の自分を作り上げた…いや作ってくれたものだとつくづく感じる。

 次は自分の番だと自覚しながら大切を時間を過ごさなければならない50半ばです。

 

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2022年9月21日 (水)

彼岸の入りに、

 台風が去り今日は良い天気、彼岸の入りなので愛犬たっちゃんを連れ朝から墓の掃除に行った。明日は寺の世話人としてのお勤めもある。

 ひとりで墓石を磨き掃除してる時、なんとなく何も考えてないことに気づく。ただもくもくと磨いている。聴こえてくるのは鳥の囀りと秋虫の音だけ。完全な無ではないが無に近く、とても気持ちいい。

 ではまた明日花を添えに来る…と呟きながら山をおりると寺道で彼岸花が咲き乱れている。世の中どんなことが起きていても、自然環境がどうこうと言ってもかならずこの時節寸分違わず咲く花々があり、ふと思う。

 生命の時間はあっという間に過ぎていく。日頃から人生の均衡を獲得し、どんな喜びや苦しみに際しても平静な気分を維持し続けるよう努める。不幸や危険に対しても幸運や成功に対するのと同様の心の準備ができていなければならない…と。

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2022年9月17日 (土)

ヒーラーとは、

 ヒーリングによって痛みや不快な症状が治り、原因がわからない病が癒やされることはよくあることだし、ヒーラーとしてそうなるようにしなくてはならない。

 ただ痛みが癒されること、治すことが目的ではない。内的人間を高めるものをヒーリングを通してもたらすようにしなければヒーリングの意味は無い。

 先日、うちに通い始めて長い70代の女性のクライアントさんが、"最近ヒーリングを受けながら"無"の状態にいることが多くなった…"とおっしゃっていた。ご自分の不調、長い間病で寝たきりのご主人の介護、気が休まることのない日常で唯一"ゼロ"になれる時間だと言う…

 ヒーラーとは、何があっても考えうる限りの内的平静を自分の魂の中に確保しなければならない…そうでなければクライアント様の魂に内的平安を導くことはできない。

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2022年9月14日 (水)

めざす道

 ごくたまに、ヒーリングを教えてほしい…という依頼がある。突然来るなんてことはなく、何度か通われヒーリングを受けながら何かが芽生えるような感じ…という依頼がほとんどです。今は誰にでも教えるということはしない、その方の意志がほんとうであるかどうかを見極めながら決めている。

 教わったからすぐ同じようにできるかといったらそんなわけはない。ヒーリングは魔法でもなんでもない。伝授されたその日からが勉強の日々、繰り返し繰り返し行なっていくしか道はない。そして、どんな仕事でもそうだが、人それぞれ十人十色、たとえ一見似たように見えても違いがある。最初は先人、先輩のまねごとであっても飽きることなく繰り返していくうちに自分の血となり肉となり個性が芽生えてくる。

 最初から"生きる道" "進むべき道" など見つからないことの方が多いだろう…行うことの質とは何か、道を問う前に量を極めていくことが肝心だと思います…って感じではや18年迷いながらも"極意神妙" を目指してまだまだ鍛錬を重ねます。

 

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2022年9月 9日 (金)

色々なことがある…

 数ヶ月にわたり、家の中で物々しい気配や音などなど…ふつうなら、そんなことあるはずないだろ、気のせいだろ、と思われるような、でもご本人や家族にしてみればこのままでは命にも関わる、そんな事態で駆け込んできた女性が先日いらっしゃった。

 そんな現象を信じようが信じまいが、現に困っている方々はたくさんいるし、相談にものり解決してきた。でもそれを宣伝する気は全くない。様々なことやってだめなら来ればいい程度のこと、縁あって来ればいいとしか考えていない。

 だから詳細は載せないが、"あの気配がまったくなくなり、最高の気分で休むことができました!と、翌日そのクライアント様から連絡があった。

双方最高な気分であればよかったよかった。

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2022年9月 8日 (木)

若い力

 地域振興のこと色々と役を仰せつかっているので色々と忙しい。

 先月は市内小中学校の社会科の先生たちを前に地域振興についての講演をしたり、一昨日は大学生が卒業論文の研究材料としてうちの町のこと教えてほしいと、僕が行ってる様々なイベントや対策についていろいろと聞いていった。昨日は地元の高校生執行部が町のこと、地元高校生がどうやって地元の人たちと関わりを深めていったらよいか、役に立つにはどうしたらよいか…などなど聞きに来た。

 すごいですね、最近の子たち。みんな口を揃えて町のこと、町を発展させるには、と本気で考え、大学出たら帰ってきて町のために働きたいって…僕なんて、さっさと町を出たい、帰らんでもいいかって考え20年好き放題してたのに…楽しかったけどね。

 どこの町でもこの国はもちろん若い子たちのパワーと発想にかかっている。そのためにも老害はさっさと退陣すべきと思っている。年寄りは元気で長生きも結構なことだが、発想がもはや違う、そこに気づいていない、いつまでもそこに居座っていてはいけない。いずれ自分も老害となるので、今はその前に後輩にさっさとすべて譲る気持ちで動いている。

あとは自分の仕事のみ命がけでやりたい。

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2022年9月 2日 (金)

想念の力

 9月、晩夏を迎えあとは転がるように年末へと向かう。毎日自分は何をしてるのかな…と日の短くなった夕暮れにため息をついてしまう。

 人と人との距離があまりに遠くなってしまったこの3年間、人への慈愛の念より疑念がわいた年月だったのではないだろうか。

 世界中で沸いた想念は宇宙へと放たれ、それは間違いなく私たちに数倍の力として帰ってくる。良くも悪くもそうなのだから今現状で起きていることはまちがいなくその結果でありその力が働いている。

 さあ…どうしようね。


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